さて、最近こっちのブログには全く手をつけていなかった私です。
いつの間にか私は3年生になり、可愛い1年生が入ってきて、体育祭で優勝して、そして……
市総体が終わりました!
市総体とは『市総合体育大会』の略。
県大会、九州大会、全国大会に繋がる私達の最後の大会。
結果はですね、はい。
2回戦で負けました。
言い訳を言うわけではないのですが、いややっぱり言い訳になってしまうのかな?
うちのチームは、
2人がケガで出場断念。
そして1人は膝が悪い状態での出場。
さらにもう1人は、風邪で前日の練習を休んだという、
満身創痍の状態だったんですね。
で、1回戦。
最初は10点差以上離れて負けていました。
しかし、1点1点返していき、4クォーターラスト2分程でついに逆転!!
そしてKちゃんの3ポイントがスパァァン!!
5点差になった所で、相手も信念の3ポイント。
2点差ではらはらドキドキの約20秒(ぐらいだった気がする)。
最後、相手が突っ込んできたのを、何とか死守!
勝利しました!!
そして、2回戦。
あの激戦の後、1試合しかあかないというハードスケジュール。
しかも相手は、さほど強くないとこと当たって温存できさらに2試合分休めているという。
さらにさらに、すべてを出し切った1回戦をがっつり見られ、分析されてるという。
私達は念入りにストレッチをして、できる限り体を回復させました。
ついに試合開始。
気持ちはあるのに足が動かず、相手のゴールにどんどんボールが入っていきます。
20点差以上付けられて、何を血迷ったかどっかのバカの4番(私)が突っ込んだ挙句何度も失敗。
そして、ハーフタイム。
足はガタガタで、負けるかもしれないという精神の震え。
そんな中、先生の「自分達のバスケをしろ」という言葉。
ケガで出れないメンバーも、本当は焦りや不安で泣きたいほどなのに、励ましてくれました。
応援席を見ると、なんと、激戦を戦った1回戦の相手が、私達の応援をしてくれているのです。
自分達の学校での試合だったため、先生や、試合の終わった野球部の何人かも見に来ていました。
そんなたくさんの応援の中、
コートに出る前に、みんなで円陣をしました。
「1人は皆のために、皆は1人のために。 粘り強く最後まで、走り続ける」
皆で話し合い作った円陣です。
そして、後半が始まりました。
点差は絶望的でも、何度もシュートを決められても、流れは私達にありました。
皆が声を出して、皆が走って……。
相手が速攻を外し、2年生の子がリバウンドを取り、自分達の逆速攻で、私がドリブルをついて走りました。
相手の戻りも早く、止まってゆっくりドリブルをつき、これから1本確実に行こうと思っていた時、
私の足が、固まりました。
両足に激痛が走ったのです。
筋肉が骨に引っ掛かっているような、そんな感じです。
そのまま倒れ込み、せっかくのチャンスに相手にボールを与えてしまいました。
遠くで相手が速攻を決めたようですが、それを確認する余裕がありません。
足が脈打ち、膝が曲げられないのです。
先生に「歩けるか」と言われ、交代するのは絶対嫌だったので、何とか立とうとして転倒。
人生初の姫様抱っこをされて、交代させられました。
私はベンチの後ろに寝かせられ、手当てを受けました。
右足の痛みは引いても、左足は全く変わりません。
右と左で、太ももの硬さが全然違ったそうです。
手で膝を持ち、無理やり曲げようとしたら、保険の先生に止められました。
圧迫包帯を巻かれ、何とか立てるようになった時は、最終クォーターが始まっていました。
保険の先生からは、もう試合に出るなと言われました。
何が「1人は皆のために」だ。 皆の役に立てずにこんなとこで座ってるのに。
何が「粘り強く最後まで走り続ける」だ。 結局自分の鍛え不足で倒れたのに。
最初飛ばしすぎて、こんな所でリタイアなんて、こんなのが2年と2か月の結果なのかと思うと、情けなくてしょうがない。
もう点差と時間で、負けは確定していました。
コートに出ているのは、皆3年生です。
ケガをして出られなかった子も、出ています。
本当に最後の試合だからと泣きついて、ラスト1分だけ許可をもらいました。
まだ終わりたくない。 時間が遅くなってほしいけれど、
早く出たい。 時間が速くなってほしい。
そして、私はコートに出ました。
大声を出して、目一杯走りました。
そして、ケガをしてる子が、フリースローをもらいました。
タイムアウトを取り、コーチは、最後に私に攻めさせてくれる作戦を言いました。
痛む足の中フリースローを1本決めて、相手ボール。
決められて、私達ボール。
このメンバーでこの作戦は初めてだったため、作戦通りにはいかずグダグダ。
それでも、私は、カットインからレイアップを決めさせてもらいました。
そのまま倒れ込み、その時の姿は先生曰く築地のマグロ。
そして、試合終了となりました。
皆やっぱり泣きました。
1年も2年も、もちろん3年も、わんわん泣きました。
でも私は泣きませんでした。
ずっとスタメンとして出てたのに、ケガで出れなかった無念の子もいる。
ほんの少ししか出れなかった無念の子もいる。
最後まで出れなかった無念の子もいる。
勝手にぶっ倒れて迷惑をかけたのに、あんなに良いシュートを打てる権利をもらった私が、何故泣けることなどできるでしょう。
悔しいですよ。 でも、私が泣くのはなんか間違っているじゃないですか。
でも、
悔いがないと言ったら嘘になるけど、
多くの応援の中、ミニバスの時から一緒にやっていた3年生の皆と一緒にバスケができて、
めちゃくちゃ良い引退でした!!
3年生の皆、
最後まで走れなくてごめんね。
あのレイアップは、スコア上ではうちが決めたシュートだけど、紛れもなく皆で決めたシュートだと思う。
何だかんだでいろいろ助けてもらいました。
バスケ部は、1番安心のできるウチのもう1つの家族みたいなものだよ。
この代でバスケが出来て、本当にウチは幸せ者だ!
1,2年生の皆、
今までこんな頼りないキャプテンによくぞついてきてくれました。
理不尽に怒ったり、機嫌が悪くなったりしてごめんね。
コートの中からも外からも、いっぱい勇気をもらいました!
来年はぜひ県体に、九州に、全国に行ってください!!
練習をせずに遊んでるだのいう情報が入ってきたら体育館にお邪魔することになるからよろしくね。
この中学校のバスケ部キャプテンを務めたことは、私の誇りです!!
最後に、
数多くのご指導を頂いた、先生、コーチ、
いつも支えてくれた保護者の皆様、
あの激戦の後、大声で応援してくれた相手チームの皆様、
そしてもちろん、バスケ部の皆、
その他バスケ部を支え応援してくれた全ての人へ――
本当に今まで、ありがとうございました!!
そして宣言。
私は高校でもバスケを続けます!
この中学校で培った大切な物を、必ず活かして見せます!!
……いつものブログと大分違ってギャグがほとんどありませんが、管理人はバスケだけはマジなのでご勘弁を。
これだけは投稿しておきたかったのです。
以上、空の『鍛え方が足りなかった築地のマグロ』でした。