そして、半年が過ぎた頃、とてつもないほど救命は忙しくなっていて、半月が経ち、重度の心臓疾患のオペが終わった後、国山隆さんという患者が、運び込まれてきた。

さすがの神山先生も疲労の表情を隠せず、私達も疲れ果てていた。

そんな中でオペが始まった。

オペ時間が、三時間になった時、神山先生の目に血がかかり、その瞬間、神山先生のメスは、動脈を切っていた。

血が噴き出した。

そして、患者は亡くなった。

この医療ミスを、小野田は揉み消した。

私と響子に、その娘の国山寛子は

「人殺し!」

と怒鳴りつけた。

私達は何も言えなかった。

状況が状況で、そして、神山先生の医療ミスを認めるということは、それだけ、これから助かる何千という命を救えなくなるということだからだ。

だから、私達は小野田に言われるままに従った。

だが、それ以来、神山先生はメスをもてなくなり、寛子に、医療ミスを認め謝罪した。

「古波蔵と三嶋には罪はありません。

私がミスをしました。

申し訳ありません」

と話した後、警察に小野田の事を告発し、病院を辞めた。

小野田は警察に捕まった。

神山先生は刺し違えて、小野田を逮捕させた。

それに比べて私達の小ささに落ち込んだ。

私達は看護大学に戻り、就職活動をして、私は北栄総合病院の内科の看護婦に、響子は国代先生の外科の看護婦に、久美子だけは、大学病院の内科の看護婦になった。

そして、その後、私の前に寛子がやってきた。

寛子は私を見て

「神山さんから、全て聞いたわ」

恵里は、寛子の顔をまともに見ることはできなかったが

「そうですか」

と一言言うのが、精一杯だった。

「古波蔵さん、神山さんから話しを聞いたけどそれでも私は許せない!」

「当然です。国山さん」

寛子は険しい表情をして

「あなたは、内科の就職を決めたんだってね。

どうして、外科じゃないの?」

私は正直に

「神山先生のような本物の名医ですら、医療ミスは起こるんです。

神山先生は、救命で多くの患者の命を救ってきました。

救命では、多くの患者がそのまま亡くなっていく場所でもあります。

そんな中で、十年もの間、患者を救うことだけを考えて神山先生は、オペをしてきたんです。

そんな先生が、救命医である限りありえるような事故のようなミスで神山先生は、医者を辞めてしまいました。

私は、全てが怖くなりました。

正確に言えば、救命医である限り自分の心が壊れていく感覚に陥るんですよ。

自分自身の心を、傷つけないようにするために、いつしか自分の心を消して患者を診るようになるわけです。

そういう立場に、立つと人の生き死により
も多くの人を救える一人の救命医の存在の方が、必要だと私は考えてしまったんです。

私が、寛子さんの立場なら絶対に許せません。

だから私は、自分の心が壊れていく救命医よりも病気の治療方法を研究して、多くの重病患者を救えるような治療法を考える方が私に向いてるそう思ったんです」

「外科医は、人の心を壊す・・・か。

古波蔵さん、神山さんは言ってたよ。

あなたなら1000人以上の患者を、救命医として救うことができるそう言ってたよ」

寛子は、神山や恵里の話を聞いてるうちに、小野田のような悪党はともかく、心ある救命医が失脚するのは東京の医療にとってもマイナスになることを考えていた。

恵里や響子に対して、人殺しと責めた自分自身が許せない自分もいた。

もっともあの状況では責められて当然な状況だったのだが。

その頃響子は、国代と恋におちていた。

一年後二人は、結婚することになる。

私も響子も卒業するまで話しすらしなかった。

周りも、何もできなかった。

国谷でさえも、二人にかける言葉が見つからなかった。

そこに、アレクサンダー教授が現れた。

「久しぶりだな。恵里ちゃん、響子ちゃん」

「アレクサンダー教授!

いったいどうしたんですか?」

「今日は、君達と一緒に日本でのんびりしたいと思ってね。

行くところは、決めてあるんだ」

そう言うと教授自ら、車を運転していい景色や自然をタップリ見せてくれた。

私にとっても響子にとっても、教授は医者としての父として尊敬していた。

もちろん私と響子の心の傷が、それだけで癒えるはずもなかったが、楽になったのは事実だったのだ。

東京に帰ってくると、寛子が待っていた。

私と響子に寛子は

「二人に言っておくね。

人殺し何て、あなた達を責めてごめんなさい。

あなた達は、あなた達の考える医療で患者を救い続けてね。

私は、製薬会社に就職したの。

あなた達とは、だからこれからも会う機会は、あると思うから私はあなた達と友達になりたいんだけどいいかな?」

私も響子も寛子がそれでいいのなら依存は、なかった。

私は響子に

「響子、美紀のためにも理想の医療を実現させようね。

私達が、目指す本当の医療を。

そして、一生親友で最高のライバルでいようね」

響子は頷いて

「うん。そうだね。

でも、私達が本当の意味で一人前になるまでは会わないことにしよう」

「そうだね。

自分を甘やかしたら、自分自身に甘えができちゃうからね」

響子は笑みを浮かべて

「恵里、あんたも恋くらいしなさいよ」

私は照れながら

「うん。そうだね。

響子こそ、国代先生との恋、頑張りなよ」

そう言うと二人はガッチリ握手した。

そして、神山が医者を辞めたことに落ち込んでいたのは国谷も同じだった。

国谷は、だから恵里達を励ますことができなかったのだ。

ある意味では、恵里達以上に落ち込んでいたのだが、法子のおかげで立ち直り、恵里達の卒業式の日に会いにきた。

国谷が、現れたため生徒全員が歓喜の声を出した。

国谷は、学長に生徒達に一言話してほしいと頼まれ承諾した。

国谷は生徒達の顔を一通り見た後

「皆さんに、はっきり言っておくことがあります。

皆さんも、研修をしていく中でも気づいたことがあると思います。

それは、医療の世界は戦場であるということです。

どんなに、人を救いたいと思っても目の前で患者が死んでいくという現実が多く待っているということです。

どの科も、それぞれに大変ですが、外科や内科にいく人は特にそれを頭に入れておいて下さい。

その上で、自分のできる限りの看護をして下さい。
患者が、例え亡くなることになったとしても、患者の残り少ない時間をいかに悔いなく過ごさせてあげることができるのかをよく考えて下さい。

それは、医者というよりも看護婦にしかできないことでもあります。

看護婦が、率先してそれをやってくれれば医者の負担がそれだけ減るということでもあります。

医者と看護婦は、一人の患者に対して一心同体で患者を診ることでより理想の医療に近づくことができます。

だから、どんなに辛くても負けてはいけません。

患者の未来は、自分達にかかってるくらいの気持ちでいて下さい。

それは、どの科でも同じですので覚えておいて下さい。

皆さん、卒業おめでとう!」

「後は、皆さん何か質問があれば、この場で答えます。遠慮なく手をあげて下さい」

響子が手をあげて

「国谷先生、質問です。

もし、自分の大切な人が大病にかかった場合、オペに加わるのは正解ですか?」

「それは、加わるべきではありませんね。

何故なら、オペに私情がはいると、医療ミスが起こる可能性が高くなるからです。

私も実は、八年前実の弟を死なせかけたことがあります。

そこに私の師匠が、現れたおかげで弟が救われたということがありましたから、自分に近い人間のオペは他の人に任せるのが正解です。

その時から、一年間メスを握ることすらできなくなりました。

皆さんには、いらない苦労はしてほしくはないですからね」

次に私が手をあげて

「先生はその時、どうやって立ち直りましたか?」

国谷先生は苦笑いしながら

「女房のおかげです。
自分の愛する人間が、精一杯支えてくれた。

だから、今の自分があると言えますね。

それともう一つ、患者は自分の手で救わなきゃいけないんだという気持ちが、私の心を動かした。

自分の目の前に、苦しんでいる患者がいる。

オペしなかったら、間違いなく患者は死ぬ、その患者を自分の手で救った時、私は目を覚ました。

つまりは、いかに自分の心を強くもてるかということですね。

しかし、今、言った話しはここにいる全員に起こりえるということです。

それを、覚えておいて下さい」

質問会が終わり、私達と直接話す機会ができた。

「二人共、これから美紀ちゃんの家に行こうと思うんだけど、君達はどうかな?」

「はい。行きます。」

二人は国谷と共に、美紀の家に行った。

美紀の家族は、大歓迎だった。

私と響子は、自分達の豊富を話した。

俊介は、「恵里ちゃんは、内科か。君にこれからの内科的治療の発達が、かかってるから頑張れよ」

「はい。頑張ります」

国谷は、私と響子に一人ずつ話した。

「恵里ちゃん君に、言っておくよ。

君の場合は、一度初心に戻って新たな気持ちで看護をしてみたらいい」

「響子ちゃん、君は自分を追い込みすぎる、私から言わせると心療内科で看護婦をやってから外科に行った方がベストだ。

今の君の精神状態では、外科は無理だ。

もっとゆったりする時間を持つべきだな」

「君達は、私にとって大事な妹だと思ってる。

だから、何かあったら必ず連絡すること」

こうして、二人は卒業した。

「美紀、私は頑張るからね」

空を見上げながら、私は美紀に話しかけた。

「恵里、頑張ってね。

恵里なら、必ず理想の医療を実現させてくれるって信じてる。

でも、無理はしたら駄目だよ。恵里」

美紀がそう言ってくれてる気がした。

「わかってるよ。美紀」

私はその後、技術よりも患者と話すことに何よりも力を入れた。

そのために上司から、バランスが大事であることを言われるのだ。

響子は、半年間心療内科に勤めた後、外科で看護婦として活躍していくことになる。