私達の前に厚生労働省No.2の松本隆が、姿を現した。

私達は高級ホテルの部屋に呼ばれて

「私は、厚生労働省審議官の松本隆だ。

君達が、恵里ちゃんと美紀ちゃんだね」

私達の表情を見ながら

「君達に頼みがある。

病院の中には、CIAが潜入してる。

その理由は、CIAが神経質になるほど大きな相手がいるからだ。

その男を監視してもらいたい。

看護大学の学生の女の子なら、怪しまれずに監視できる。

その男の名を、国谷勇斗。

君達も知ってる国谷君の実の弟だ。

ただし、あらゆる意味で正反対の性格だ。

こいつの背後にいる奴を、内閣調査室と厚生労働省が、協力して追ってる。

それだけ問題を抱えているということだ。

医療ミスの揉み消しから始まり、殺人教唆の疑いもある。

厄介な大物が、背後にいるのは間違いない。

君達には、内閣調査室の一級捜査官二人が護衛につく。

だから、安心してくれ」

わざわざ審議官直々にきたのは、美紀の父の事があるため、それと病院を自ら様子を見るためだろう。

松本は、警察庁出身のキャリアだ。

それも初の、一級捜査官になった人物である。

だから、自ら出てきたのだろう。

そして、恵里と美紀は病院の講師である勇斗と話して見たが、全く相手にされなかった。

勇斗は、我が道を行く、そういうタイプなのだ。

勇斗に電話がかかってきた。

病院では例え教授相手でも、見せない低姿勢で話していた。

おそらく背後にいる人物だろうなと推測でわかった。

そして、最後に

「今、兄貴は日本にいませんから、問題ありません。

官房長官の時のようなことには、ならないと思いますよ」

私達は、思わず顔を見合せた。

この事を美紀は内閣調査室の人間に報告し、審議官には駆け引きの感じで話していた。

私は井原が言っていたことを思い出した。

「所詮この世は、弱肉強食。

裏世界と関わる場合は、だれが味方で敵なのか、判断できない。

全てが敵と思ってた方がいいくらいだ。

決して信用するな。

例えそれを依頼してきた人物でもな。

一歩間違えれば、簡単に消される。

駆け引きに勝った者だけが、生き残る。

それを頭に入れておけ」

そう言っていたのを、思い出す。

つまり、美紀はあの一級捜査官二人には、確実な信頼関係をもっていて、審議官には気を許していないということだ。

どこまでも慎重だ。

さて、話し戻って、勇斗のオペの技術は凄かった。

さすがは国谷先生の弟だけはある。

田島先生は私達を見て

「あいつの事が、君達は気になってるようだね。

国谷の弟だから、当然と言えば当然だね。

国谷が、偉大すぎる兄だから、いつも比べられてたんだ。

美紀ちゃんなら、意味わかるよな?

だから、勇斗は表向き正反対の人間を演じてるんだ。

そうすることで、兄と比べられなくてすむと考えてるらしい。

できの悪い弟と思わせるためにな。

だが、本当はいい奴なんだ。

それは、研修を続ければわかる」

そんなある日、勇斗に私達は食事に誘われた。

レストランに、連れて行ってもらい椅子に座った後

勇斗は笑顔で

「病院から離れるとホットするよ」

と伸びをした後、表情を変えて

「君達も、田島先生についている以上、いつかは医者になるんだろうから言っておこう。

外科医という仕事は地獄だ。

外科医は、どうやって手術の腕をあげるか、それは何度も練習して、何度もそのオペを見て勉強する。

そして、患者のオペを経験すればするほど腕が上がる。

いわば、患者が練習相手何だよ。

だから、医療ミスが起こってもおかしくないのさ。

皆、そうやって恐怖と戦っているということだ。

医者は目の前で、患者が死ぬところも山のように見る。

完璧なオペをしても、体力がもたず、死んでいく患者もたくさんいる。

いいか。地獄の中を外科医である限り、走り続けなければならない。

つまり、精神的に強くならなきゃいけないということだ。

常人なら、誰でもあまりに落胆しすぎて、頭がおかしくなる。

オペに成功したのに死ぬんだからな。

これ以上の落胆はないさ。

人の命を救いたくて外科医になったのにな。

つまり、そういう世界に君達は入ろうとしているということを、覚えておくといい。

ま、俺の場合は天才すぎる兄貴がいるから余計だな。

兄貴なら、救えたんじゃないか、そればっかりだ。

その分、絶望と戦ってきた」

私は聞いた。

「それならどうして、外科医を辞めないんですか?」

勇斗は苦笑いしながら

「死なせてしまった患者のためにも、救える患者を全てを懸けて救うためだ。

それが、死んでいった患者達のためにできる唯一のことだと思ってるからだ」

私達は何も言えなかった。

そして、その日、勇斗先生は交通事故で亡くなった。