サラリーマンの父と専業主婦の母、
小学4年の私、小学1年の次女、2歳から3歳になる年の三女の
5人家族でした。

以前は両親の仲も良く、私が2人の間に割って入るぐらい!

いつの日からか冷え始めたのは
小学4年の私でも気づいていました。
きっと母が不倫を始めた頃からでしょう。

小さいことでケンカが増え、
その愚痴を母は私に言って味方につけようとしてたように思います。

『パパみたいな男、好きになったらあかんで!』

これが口癖でした。

父親は私と母が結託していってるのをわかってきて、
私には厳しく八つ当たりも増え、
母の話を鵜呑みにしていたのもあり徐々に距離が空きました。

そんな時ふと母の携帯がなり見ると、
こーくん
と表示されていました。

『ママ、こーくんって誰?』

と聞くと

『会わせてあげるわ』

と。

その会話からどれだけ日が経ったかは忘れましたが
実際に会わされました、母の不倫相手に。

当時その男は大学生。
母より10歳年下でした。
チャラそうで無愛想で、
どこがいいん?と思い母の顔を見ると
私たちを見るより愛おしそうなキラキラした顔で
そいつを見ていました。

その瞬間、
父には黙っておかないと捨てられる。
してはいけないことをしてるのに言うと嫌われる。
そう思いました。

父の仕事の帰りが遅いのをいいことに
我が家で普通に食事をする不倫相手。
一緒に食べたクリームシチューが私は今でも食べられません。

私たちが見えてないのかと思うぐらいベタベタし、
気持ちが悪かったです。
それまでの私は友達同士で手を繋いだり
家族とスキンシップが普通にできていたのに
その時からスキンシップが苦手です。


その後12月頃、
父の異動辞令が出て年明けには引っ越さないといけない状況になりましたが、
私たちのことを想って3ヶ月だけ父が1人で単身赴任先に行って
学年が上がる時に後から私たちは引っ越すことになりました。


ここから地獄の日々です。

父がいないのをいいことに一切帰ってこない母。
私が寝た夜中にこっそり帰ってきて、
お金と置き手紙をして出ていく日々。
何回電話しても繋がらず電源を切られ、
挙げ句の果てには家の電話の線をハサミで切られ、
連絡手段なし。

毎日妹のお世話、買い物、ご飯、洗濯。
人生で1番死にたいと思った日々です。

どうしたら私たちを見てくれるのか考えて
小学4年の私が思いついたのは、
学校いじめられてると嘘をつく。
そうすれば心配してママは家にいてくれるはず。

打ち明けると、しばらくは家に居てくれました。
でも日が経つにつれ外出時間が増え、
また帰ってこない日々。

もう無駄な抵抗もやめていい子でいることにしました。

それでも、3歳の妹を置いて学校に行けなくて
学校に来ない私を心配して毎日来てくれる担任の先生。
嘘ばっかつかないといけなくて苦しかった。
助けてって言ったらママがいなくなると思って頼れなかった。





今、令和だったら育児放棄で施設に連れて行かれてたのではと思うぐらい
家庭環境は酷かったと思います。