帰省に思う母親への気持ち。
こんばんは。明けましておめでとうございます。saraです。今年も一年ゆるりと書くを通して気づいたことエッセンスを発信していきたいと思います。今日は母との関係のことを#母子家庭で母が厳しかったこと#理不尽ばかりを取り上げてたこと#仲の良かった関係が嫌悪感の押し付けに変わったこと#否定され続けている気持ち母との関係を一言で表すのは難しい。厳しかった。理不尽だと感じることが多かった。できたことより、できなかったこと。頑張ったことより、足りないところ。いつも「そこ」を見られていた気がする。小さい頃は、それでも母が好きだった。仲が良いと思っていた時期もあった。でも気づけば、それは「母の価値観を受け入れること」「嫌悪感や不安を私が引き受けること」と引き換えの関係だったのかもしれない。否定されている、という感覚は言葉よりもずっと深く残る。「あなたのままでいい」と言われた記憶はなく、「こうでなければダメ」という空気だけがあった。それでも私は生きてきた。むしろ、あの息苦しさの中で「私は私として生きたい」という小さなサインを、何度も心の中で出していたのだと思う。そして今、私自身が母になった。思春期の子供を育てる中で正直に言えば「正解」なんてわからない。うまく伝わらない日もある。感情的になって後悔する日もある。不器用だと、自分で思うことも多い。母親を辞めたい日だってある。それでも、その時その時で「今の私にできる最善」を必死に選んでいる。何度も試行錯誤して、失敗して、やり直して、それでも向き合おうとしている。伝わらなくても、理解されなくても、私は母であることをやめない。母だから完璧なのではなく、完璧じゃないままそれでも関わり続けようとすることが「母である」ということなのかもしれない。きっと母もそんな気持ち私を育ててくれたのだと思う。彼女なりの最善で。いつも一生懸命に。母への気持ちを歪んだものではなく心地いいものにするためには、きっと勝手にしがらみとして捉えてることを解くことなのかもしれない。私も母と同じように自分の価値観で母を見ている。それをひとつひとつほどいていく。勝手に作り上げた理想の母親像は、自分の中だけで作り上げたものだと理解する。私が母としてどう在るかは選べる。私は、否定ではなく、存在そのものを認められる関係をここから作っていきたい。