(地震発生からの記録②)

地震発生の翌日、夜勤へ行こうと、いつもどおりに車で出勤。
地震発生時に赤信号で停止した信号。
「赤信号じゃありませんように」と呟いてた。
(これは、アンカリングで瞬殺

夜勤明けの日、食器棚を戻しに友達が手伝いに来てくれた。
「食器棚が倒れたから、久々に3人集まれたねー」なんて話しながら、片付け作業開始。

私の家の事なのに、全くやる気が出ない。
ただただ、眠い…。

翌日は、これからの事に繋がる為に人に会う予定が入ってたけど、家から出たいと思わない。
電車に乗って出かけたいと思えない。
たとえ、大阪市内であっても、家族から離れたいとは思えなかった。

予定を組んで下さった方々には申し訳ないと思いつつ、全ての予定をキャンセルした

一日中、何もせず。寝ては起きての繰り返し。
部屋の窓を開けると、ブルーシートがかかった屋根がいくつも見える。
ヘリコプターはずっと飛んでる。
わずかな余震がたまにくる。
物音にやたらと反応してしまう。

「起こったことは最高、起きなかった事は最高」
neoビジで知ったこの言葉が、ぐるぐるまわる。

「起こった事は最高」だった

地震発生してから、仕事中も、友達にも、家族にも、neoビジ仲間にも、誰にも、怖かった』って言ってない事に気がついた
なんのために言わなかったのかと意図を考えた時、
私には、どうしても脱げないアイデンティティがあったんだよ

『しっかり者のお姉ちゃん』

自分と一体化しすぎてて、気がついてなかったってのが正しいかも。

このアイデンティティの上に、
看護師アイデンティティ、neoビジアイデンティティ、aims関西支部代表アイデンティティを重ね着してたんかい!

『しっかり者のお姉ちゃん』視点から、震災発生時より振り返ってみる

続く…。