100人できるかなのブログ -40ページ目

文章ばかし

初日から向かう途中で車が高速で故障し最高速度20キロしかでなくなった。高速道路で警察に誘導してもらった。インター下りてすぐに修理屋のおっちゃんにタダで修理してもらい、「払いはいいから被災地に行ってやってくれ」と言われた。ナビは道なき道をナビし、ナビなき道を走るしかなかった。悪臭、粉塵で窓は開けられなかった。想像以上に環境は劣悪だったが、予想以上にみんな元気で明るかった。


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小学1年生の女の子が「遊ぼう」と言ってきたので「おー!遊ぼう!何して遊ぶ?」と言ったら「勉強」って言ってきた。大人が使ってそうな大きめのバッグから高校生が使いそうな大きめのペンケース出して、中からビジネス用のボールペンが一本だけ入ってた。その一本だけ大事に使って勉強してた。


仮設住宅に入居した人が、「家を二軒失った。何も残ってないし、家どころかすべて失った。でもバラバラになってた家族が一緒に集まって住むことができた。これだけで幸せを感じる」って笑顔で言ってた。流されていった家のうち新しい家は、小学生の子がこんな窓のこんな部屋に住みたいと考えて設計を手伝った家だった。津波にのまれて少しずつ流されていく自分の家の部屋の窓を毎日みていた。結局、最後は流されてどこかに行ってしまった。


いきなり危険避難地域になって着の身着のまま避難所に集まった。まわりは知らない人ばかり。避難所から仮設住宅に移り住むのが今の一番の目標。でもきっと、仮設住宅で生活したまま死ぬんだろうな、と笑って言っていたおじいちゃん。


などなど、切ない話もたくさん聞きましたが、東京で生活してる人たちより元気でイキイキしてる気がしたのはオレだけか?



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東京で生活して失くした大切なものが東北にはあった。実は東北の人も失くしてしまったけど、今回の震災で思い出したのかもしれませんがね。


これから仮設住宅に移り住む人が増えていくから、何が求められて何ができるかわかりませんが、また近いうちに行きたいなーと考えています。



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春は桜が綺麗なんで、ボランティアじゃなく遊びできてください。って言ってもらったので、来年の春は行くとして、桜を見にね。


でもその前にまた行きたいなー

\(^o^)/