気づけば4月ももう終わりそうですが…




全く先行きが立ちませんwww




でも相手に求められてることはやっとわかった!
ただ、伝えられるだけの強みも説得力もまだ私にはない!




てか自分がここまで向上心のない人間だとは思わなかったなあ…
このままだと人生失敗しそう(^o^)ハハノ\




早く息絶えたい!


なんだかなー
お金のこと細かく言われると本当萎える(;_;)
でも自分もケチだから相手の気持ち分かるからなにも言えない(;_;)
厚かましい女にはなれない(;_;)

こいつにはこんだけ使っても惜しくないって思わせられる女にならなきゃなあ…(;_;)

てかこういうときに気分萎えて笑顔になれず結局ひたんに戻りたいって思ってしまう自分て一体(;_;)


プロジェクト内容による。

自分の大金をはたいてまで海外ボランティアに行く人もいるが、私には甚だ疑問である。
実際、現地の人は生活に困窮しているだろう。
学校に通えず日々を過ごす子供も多い。
しかし、そんな人を本気で助けたいと思うなら、短期ボランティア程度で何ができる?
ただ子供と数時間遊んで、料理を一緒に食べて、遺跡の修復活動を手伝って、それが何になる?
本当に助けたいなら、長期滞在するか、はたまた現地に大金を落とすか、その二択しかないと思う。
結局得するのは海外ボランティアを斡旋する日本の旅行会社ではないか。
確かにボランティアに行けば自分の中の何かが変わるかもしれない。
しかしそれが目的なら、本当の意味でのボランティアとは言えないと思う。
それは単なる「課外授業」だ。
本人が納得するならそれでいい。しかしそれなら、海外"ボランティア"と銘打つのはやめるべきだと思う。

私は昨年夏、青森の鰺ヶ沢町に行った。
それはあくまでも、課外授業である。
そこで先生はおっしゃった。
「本当にこの町を助けたいと思うなら、永住して町の財政を潤すのが一番だ」と。
その通りだと思った。確かに、数日間町民の方にお世話になった中で、彼らにとって自分達が日々の生活にスパイスになれた、それは評価できることである。しかし人の記憶は徐々に薄れる。結局そこにあるのは過疎という現実。
つまり、ボランティアなどと言って短期間の途上国支援に行ったところで、それは彼らの生活のスパイスになるだけで真の意味で助けることにはならないのだ。
本当に助けようと思うなら、長期的な経済的・物的・人的支援をして、彼らの目の前にある現実を変革する必要があるのではないだろうか。
それができずして「ちょっとバングラデシュで海外ボランティアしてきた~」と言われても、それはボランティアではない。課外授業だ。それならそれで「自己成長のために海外に行ってきた」とはっきり言うべきだ。他人のためにいいことしたなんて言わないでほしい。結局誰が一番助かったかって、それはお金を落としてもらえた旅行会社と航空会社なんだから。
なので私は、近年のボランティア=偉い、という風潮には賛成できないでいる。