線維筋痛症とともに:*≪夢の掛け橋≫*:*~愛に包まれて~*: -152ページ目

線維筋痛症とともに:*≪夢の掛け橋≫*:*~愛に包まれて~*:

認知症(DLB)の母を介護していたら、ある日突然、風邪から線維筋痛症(FMS)になったゃった。私は、医療難民で寝たきりに…さて、どうなるの?!











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いわくつきのトラマール。




本当はね。




本当はね。





ほんとうは。。。





三年前





に処方して欲しかったの。






今年の六月に慢性疼痛の適応になったばかり。





トラマールが慢性疼痛の適応になるまでの、この長かった年月。





トラマールが慢性疼痛の適応では無かったので苦しみ抜いて、求めて彷徨い続けた日々。





藁をもすがる想いで、医師に助けを求めて痛い身体を引きづりながら、転々と病院を探しては、断られて酷い対応を受けて具合いの悪くなった日々。






一体あれは何だったのだろうか?




(~_~;)





三年前に発症して、麻薬性鎮痛剤は認可されていたのに、それ以外のお薬が認可されていなかったばかりに大変な苦労を強いられました。





麻薬性鎮痛剤から離脱した後のコントロールに、トラマール処方して欲しかったの。





医師の指示通りに、麻薬性鎮痛剤の減薬を自宅で行い補助薬はいっさい無し!
素で切っていった。





この苦しさと言ったら、言葉に出来ないほど…壮絶だった。。・゜・(ノД`)・゜・。






とにかく、痛くていたくてどうしようもなくて、転医した主治医に相談して紹介状を書いて頂いて、病院をはしごしたけど、何処も取り合ってもらえないばかりか、酷く傷つく体験を繰り返し心身共にボロボロになっていました。





こんな動けるようになるまでも、激しい痛みと格闘しながら自己リハビリを続け、生活の困難と大変な日々を乗り越えてのこと。




何もかもが、苦し過ぎてどうにかなりそうだった。






慢性疼痛の適応になったのが今年の6月。





三年前に適応になっていれば、こんな苦しみや辛さを味わわなくても済んだだろうな。




慢性疼痛の適応の拡大がなされたことは、とても有難い。





この日を待ち侘びていました。







必要な時に、必要な適量が使われることにより、痛みがコントロールされていくならば、日常生活のADLやQOLは、格段に改善されて過ごしていくことが出来るようになります。





こんな日が来ることが、待ち遠しかった。





三年前にトラマールが慢性疼痛の適応だったなら、酷い対応を受けなくても済んだだろうし、医療不信やPTSDなんかにはならなくても済んだだろうなぁ。





複雑な想い。(u_u)






年月は、心を浄化させてくれました。




時の流れと共に、今では、PTSDや医療不信も治ってしまい私のあの苦しみは、過去の事になった。





少しずつ痛みがコントロールされてきて生活出来るようになって来たからだろう。






とはいえ、まだまだ闘病中。





痛みにより制限されている事は、多々あります。





これからも慢性疼痛の治療が進み解明されていく事を、治療環境の改善なされていく事を願うばかり。