バルセロナで千羽鶴に署名しよ-! 【特定診断のない患者の存在の認知と、病態の研究対象を求めて】

バルセロナで千羽鶴に署名しよ-! 【特定診断のない患者の存在の認知と、病態の研究対象を求めて】

辛い症状があるにもかかわらず特定診断がくだされず行き場をなくした患者の存在を知ってもらいたい。そしてそのような患者の病態を研究対象にしてほしい。※以前までは線維筋痛症 (通称FM)の認知を求めて活動していましたが、FMではないと診断を受けました。

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高校を卒業して大学進学するがあまりの激痛で授業を受けられなく大学を1年未満で中退。


2004年、帰郷し京都の石川医院(神経内科)という開業医のところでMRI、CT検査、診察しても


らうも異常なしと診断。毎回、待ち時間は2~3時間は当たり前でした。


この医者に関してですが、酷い対応でした。自分の言っていることは全く間違ってない、すべて正


しいというような感じでした。処方してもらった薬で全く効果がありませんでした。その時、中


退後ということもあり気が沈んでいたので、通院してるが一向に良くならないことなど、その他いろ


んな悩んでいたことを紙に綴りその医者に見せました。


すると「このような紙を渡されてもわたしにはどうもできない。薬を服用し続けたらなおるかもしれな


いのに、このような事を言われてはこちらとしても困る。こんなことを書かれては、下村さんの病気


は、ほんとに原因 病名不明のものかもしれないくなりますよ・・・。」


愕然としました。当の本人(医者)が病名を特定していないのにもかかわらず、なぜこんなこと言わ


れなきゃならないのか。薬を飲み続けていたらそのうち良くなるから・・・的なように感じました。


この言葉を浴びせられた次から、この病院へ通院しても無駄だと思い通うのを止めました。

2005年、石川医院が紹介した京都府立医大附属病院のペインクリニックで注射の治療を約3日月


受けるも効果なし。


そこでもショックなこと言われました。医者の身体検査を受けた後に医者が「背中が痛いのです


か? まぁ大丈夫ですよね。」


・・・何が大丈夫なのでしょうか? 何をもって「大丈夫」と言えるのでしょう? なぜ大丈夫と言い放っ


たのか未だに不明です。CT, MRI、身体検査上などで異常が見当たらなかったら、患者がいくら体


が痛いと言っても医者は聞く耳持ちません。異常がないのに「あなたは~病です」と言ったり、


診も問題ですが、こんなにも苦しいのに、患者の苦しさなんて蚊帳の外みたいに対応するの


は、ほんと憤怒と同時に焦燥感がハンパありません。


まったくもって検査に頼りっぱなしの医者ばかりでした。



その後(2005年~2006年)いろんな病院や針、整骨院 (10ケ所以上)に通うも効果なし。





2001年に通院した関西医大病院で、最後に行き着いた心療内科で1年半くらい診てもらいました。


良い先生だった記憶があります。話もきちんと聞いてくれ、常時それに答えてくれました。


でも言われてショックと言うか腑に落ちないというか、「精神が落ち込んでいるから体が痛くなってい


るのかもしれないですね・・・」 。


・・・先生、順番間違ってます。精神が病むのは肉体に異常をきたしてるサインなのです。


痛い、痺れる、動かないなど・・・体のどこかに異常を感じ続けると誰でも精神的にきつくなります。


誰にも分かってもらえないならなおさらです。医者にすら分かってもらえない患者がどれだけいるで


しょうか・・・。


たしかに心が落ち込んで肉体がけだるく感じることもあります。失恋、仕事がうまくいかない、家庭環


境、いじめ・・・。


しかし私のこの身体の痛みは精神面が病んでいるから起こってはいません。


ちゃんと原因を探ってほしかった。 そしてそれは10年経った今でも変わりません。

2001年に病気を発症し、約11年間のドクターショッピングでの医者の対応について記していこうかと思います。10年間に受けた全ての医者の対応を記しきれませんが、少しずつ書いていこうかと思います。



【2001年、関西医科大学病院で右手の痺れを診てもらったところ「手根幹症候群」と診断。

薬を処方。しかし全く治らず、後日誤診と判明。その後、同じ病院の外科内科、ほぼすべてを通わされる。「ここではわからないから次はこの科にいってください」とたらい回しにされました。】



上記でも記した通り、すべてをドバーっと書き記すのは体力的にきついので、一つの病院での対応を一つずつ、もしくは複数に分けて更新していきます。ばらばらで見にくいかもしれませんが・・・。

2001年9月、右手の親指から人差し指にかけて痺れの症状があらわれる。その時は病院に行かず近くの針に通う。9月~翌年3月まではこの状態が続いた。2002年4月ごろから左手の親指から人差し指にも痺れの症状がでてきた。そして4月から約3ヶ月の間に『右背中の激痛』 『左足の痛みや痺れ』の症状がでてきた。

2002年6月頃、関西医科大学病院の神経内科に通うが異常なしとのことで整形外科に移った。CT、MRIの検査を受けたが異常なしと診断される。次は脳神経外科に通うも検査や診察をうけても異常なしと診断。2003年~2004年まで心療内科に通うが効果なし。その間いろんな整骨院や針、マッサージを受けるが効果なし。 

2004年3月~2005年頃、高校を卒業して大学進学するがあまりの激痛で授業を受けられなく大学を中退。
帰郷し、親にすすめられた京都の石川医院(神経内科)という開業医のところでMRI、CT検査、診察してもらうも異常なしと診断。

石川医院に紹介してもらった京都府立医大附属病院のペインクリニックで注射の治療を受けるも効果なし。
その後いろんな病院や針、整骨院に通うも効果なし。

2005年10月、著書を通じて名古屋の寺本神経内科クリニックに行きレントゲン検査の結果、後縦靭帯骨化症と診断されやっと病名がわかったと思い、大阪に帰り紹介してもらった病院でMRI,CTの検査をし、大阪市立総合医療センターに資料をもっていき診てもらうが後縦靭帯骨化症ではないと診断される。

その後、大阪医療センターで紹介された名古屋市総合リハビリテーションセンターで針をいたるところに刺す筋電図検査を1回受けたが、医者が自分の症状への疑問感や、自分がここでは自分の病名、症状がわからないだろうと思い途中でここでの診察を自主的に止めた。

2005年年末、もう一度名古屋の寺本神経内科クリニックに通い後縦靭帯骨化症ではないか調べてもらいたく検査してもらった。
結果は後縦靭帯ですと診断されるも、大阪に帰り違う病院で診てもらうも違うと診断された。

翌2006年2月、歯並びが原因ではないかと思い地元の枚方厚生年金病院の歯科で診てもらったが異常なしだった。しかしそこの先生に『脳脊髄液減少症』の話を聞いた。同年3月、和歌山の角谷整形外科病院でMRI検査の結果、明らかではないが同年代よりもほんの少し脳が下がっているだろうと言われ脳脊髄液減少症かもしれないと診断された。4月ブラッドパッチを受けたが効果なし。6月、MRミエログラフィ、RI脳層シンチの検査を受ける。検査結果は明らかに漏れているという箇所はなく減少症ではないかもしれないと言われた。
同年10月、2回目のブラッドパッチを受けたが効果なしだった。

翌2007年10月、兵庫県の明舞病院の中川先生に診てもらい12月にMRI,RI脳層シンチの再検査を受けた。検査結果は減少症ではないと診断される。

翌2008年1月、明舞病院の中川先生に「線維筋痛症という病気がある。」と言われ、広島にある廿日市記念病院のペインクリニック科の戸田先生を紹介してもらいました。そこで線維筋痛症の不全型と診断されました。ノイロトロピンを処方してもらいましたが効果はありませんでした。

2008年2月、線維筋痛症の病状などを研究している聖マリアンナ大学病院の難病治療研究センターで
無料診断してもらえることになり西岡教授に診てもらいました。そこでの診断も線維筋痛症ですと言われました。その後、西岡先生が週一で診察している三重県志摩にある西岡医院で2回通いました。

2008年4月、大阪在住なので西岡先生に大阪にある行岡病院に紹介状を書いてもらい2008年10月まで
行岡病院の三木先生に診てもらい、【ガバペン300mg、アザルフィジンEN錠250mg、ノイロトロピン4単位、
モービック10mg】の処方を受け約10ヶ月飲み続け、三木先生に促された通りある程度の運動をし生活してみたが効果は全くなかった。

2008年9月、長野県 篠ノ井病院の浦野先生に脊椎関節炎ではないかと思い診察、検査してもらいましたが
浦野先生いわく「CT検査の結果、脊椎に白い部分が若干あるにしても、脊椎関節炎と関連しているとは
思えない。」と診断されました。  
               

2008年11月、もう一度、脳精髄液減少症の疑いはないかと思い、静岡県にある熱海病院の脳神経外科の
篠永先生に再検査としてCT,MRIを受けた。結果は「100%減少症でないとは言えない。脳が微小に下がっていることや、髄液が漏れているかどうか判断しがたい。脳脊髄液のMRIでの画像を見る限り数%ではあるが、この病気であるかもしれない。」と診断されました。

同年12月、3回目のブラッドパッチを熱海で受ける。現在は病状に変化なし。篠永先生いわく、「最低でも
1年間は経過をみる必要がある。しかし難しいことにこの病気は1年でよくなる人もいれば3年、5年、長くて10年でよくなる人もいる。個人差がすごくあり、減少症の患者が10人いたら必ずしも10人ともブラッドパッチで病状を回復させることへつながらないケースも沢山ある。2~4人は改善するが他の7人は改善しないのが現状です。診断が難しいことと、治療自体が現段階では完全と言えないものであり、病状の回復の兆しが見えるのがすごいランダムなんです。」とおっしゃっていました。
 
2009年10月、大阪で線維筋痛症の学会があり出席。その後学会に出席なさってた方と喋る機会があり
福岡の山田歯科医院の存在を知る。

2010年1月から10月までの約10ヶ月間、線維筋痛症を専門的に治療する福岡の山田歯科医院に通うも
1ミリも改善はなかった。(ちなみにこの山田歯科医院という機関は線維筋痛症患者の最後の砦とも言われる所。)
福岡で治療していた中 途中、CRPS(複合性局所疼痛症候群)の疑いがないか確かめるため大阪大学附属病院ペインクリニック科に通う。結果CRPSではないと診断。

2011年6月、国際福祉 熱海病院で脊椎に電極を埋め込む手術をするが全く効果なし。

2008年11月、もう一度、脳精髄液減少症の疑いはないかと思い、静岡県にある熱海病院の脳神経外科の
篠永先生に再検査としてCT,MRIを受けた。結果は「100%減少症でないとは言えない。脳が微小に下がっていることや、髄液が漏れているかどうか判断しがたい。脳脊髄液のMRIでの画像を見る限り数%ではあるが、この病気であるかもしれない。」と診断されました。

同年12月、3回目のブラッドパッチを熱海で受ける。現在は病状に変化なし。篠永先生いわく、「最低でも
1年間は経過をみる必要がある。しかし難しいことにこの病気は1年でよくなる人もいれば3年、5年、長くて10年でよくなる人もいる。個人差がすごくあり、減少症の患者が10人いたら必ずしも10人ともブラッドパッチで病状を回復させることへつながらないケースも沢山ある。2~4人は改善するが他の7人は改善しないのが現状です。診断が難しいことと、治療自体が現段階では完全と言えないものであり、病状の回復の兆しが見えるのがすごいランダムなんです。」とおっしゃっていました。
 
2009年10月、大阪で線維筋痛症の学会があり出席。その後学会に出席なさってた方と喋る機会があり
福岡の山田歯科医院の存在を知る。

2010年1月から10月までの約10ヶ月間、線維筋痛症を専門的に治療する福岡の山田歯科医院に通うも
1ミリも改善はなかった。(ちなみにこの山田歯科医院という機関は線維筋痛症患者の最後の砦とも言われる所。)
福岡で治療していた中 途中、CRPS(複合性局所疼痛症候群)の疑いがないか確かめるため大阪大学附属病院ペインクリニック科に通う。結果CRPSではないと診断。

2011年6月、国際福祉 熱海病院で脊椎に電極をお腹と脊髄に埋め込む手術をするが全く効果なし。



2013年1月、効果が全くなかったので熱海病院でお腹の電極を取り外す。





・次のブログではこれらの医者の対応や言動について話します。

私が2001年に病気を発症し、現在に至るまで様々なことを体験してきました。

『医療現場の現状と対応、役所の対応、霊感商法被害』。

酷いことであり辛いことでありましたが、これらの体験を無駄にしないため、そして今に至っても他の患者が自分と同じ境遇にさらされていることを知ってもらうために、以下のことを日々を追って書いていこうかと思っています。


2001年~2012年までの通院経歴。


・医者に言われた酷いこと。医者の対応。

・今までの診断経歴(病名やそれに伴う治療、投薬、手術、脊髄牽引症候群の術後経過)


・現在の日本医療の問題と改善しなければならないこと。


・今の日本の医療に関してどう思いますか? 医者の医療知識と医療技術、そして患者に対しての対応について。


・病気を逆手に取る霊感商法の被害体験。



・・・など。


辛い症状があるにもかかわらず特定診断がくだされず行き場をなくした患者の存在を知ってもらいたい。そしてそのような患者の病態を研究対象にしてほしい。原因病名不明と診断された患者は、ただでさえ苦しいのに、なぜこのような症状が起こっているのかさえ知ることができない。当然、治療も受けれない。病院では分からないと診断され、医療関係の役所では病名不明というだけで取り扱いできないと言われます。

根本的に病気を治すという意味で日本では居場所がなくなりました。日本の医療に限界を感じました。


※① 私の症状は全身の激痛としびれです。2001年に発症し日本各地の病院に通院しました。通った病院の数は70を超えます。いままで診断された病名は『後縦靭帯骨化症、脳脊髄液減少症、線維筋痛症』などです。これらの病気の投薬、専門的外科治療を受けましたが全く改善しませんでした。特定診断がなく「多分この病気だろう」と告げられ、治療しても良くならなかったら「この病気ではないかもしれない・・・」というのが私のいつものパターンです。


私を含め症状と病名の因果関係がはっきりと特定されていない患者は多額の治療費を払っているのにもかかわらず良くなる保証もなければ、なぜこのような症状が起こっているのかさえ分からないという漠然たる不安感、孤立感に陥るのです。


私たち『特定診断がない患者の認知と研究対象』を求めるべく、スペインはバルセロナで千羽鶴の署名活動をしています。そしてサッカークラブのFCバルサに贈呈します。
なぜバルサかというと貧困や病気に対して積極的にサポートしている機関であるということ。署名入りの千羽鶴をクラブに贈呈することにより私の存在を知ってもらい、世界中に私たちのような行き場をなくした患者の存在を伝えてもらえるのではないかと思ったからです。


※② 以前までは線維筋痛症 (通称FM)の認知を求めて活動していましたが、FMではないと診断を受けました。またバルセロナの病院で脊髄牽引症候群と診断を受け20135月に終糸切断手術を受けました。今は経過待ちです。詳細はこれからブログ内で記載するのでよければご覧になってください。(20137月以降~)