いいんです、これでいい

いいんです、これでいい

わたくしは2018年4月から詩を書き始めました。今は、ふと思いついたときに書く程度。いいんです。それでいい。
そう言えば、昔は蘇武“家人”だったんですが、今は蘇武“羊”です。“ひつじ”ではなく“よう”と読みます。ん?語呂が良くない?いいんです、これでいい。

自称究極の超私的音楽感想家。1995年から自らのホームページでCD評を発表していたが、現在活動休止中。新たに始めた詩作に軸足を移している。

ここは主に技術向上のため武者修行(コンクール)に出した自作の詩の結果を忘れないよう、備忘録として使っている。入選入賞を自慢する場所ではないので、当然ながら落選も記録している。

あと、詩作品はなるべく載せないようにしている。理由は、AIに窃用されたくないから。
心が狭い?いいんです、これでいい。


私は“詩人”です。

 

詩を書く人には、人々から“詩人”と呼ばれる人(例えば谷川俊太郎)や、そう呼ばれないけど“詩人”を名乗る人(例えば私)がいます。

 

また、詩を書く人でも、

 

「ただ趣味で詩を書くだけで、“詩人”を自ら名乗るなんぞ、畏(おそ)れ多いことで」

 

と謙遜して、“詩人”と言わずに、例えば“詩書き”“詩作者”などを自称している人たちもたくさんいます。

 

私も詩を書き始めた頃には、自分を“詩人”と呼ぶなどととはおこがましいことと思っていました。

 

しかし、秋 亜綺羅さん(あき あきら。それこそ“詩人”と呼ばれる人)が、

 

「自分の書いた詩に責任を持て。詩を書く人は皆“詩人”だ」

 

といった趣旨のことをいろんな場で書いていたのを読み、私もこの考え方に大いに賛同し、以来、自ら“詩人”と称することにしました。

 

私が“詩人”を名乗っているのは、そういう訳で、決して驕(おご)っているのではありません。

 

私の書いた詩なんて、他のかたの作品に比べれば、足もとにも及ばないことぐらい重々承知しています。

 

ただ、私が詩に書く心の叫びやつぶやきは、誰かに劣るとか優れるとかいうことではないので、それをうまく詩という形に落とし込めるか否か、それだけが他人と比較できる部分ではないかと思っています。

 

話が長くなると、読むかたにも苦痛になるでしょうから、今夜はこれでお終(しま)いにしましょう。

 

以上、本当は自ら詩人を名乗るのはこっぱずかしい、“詩人”蘇武羊(そぶ よう)でした。