いいんです、これでいい

いいんです、これでいい

わたくしは2018年4月から詩を書き始めました。今は、ふと思いついたときに書く程度。いいんです。それでいい。
そう言えば、昔は蘇武“家人”だったんですが、今は蘇武“羊”です。“ひつじ”ではなく“よう”と読みます。ん?語呂が良くない?いいんです、これでいい。

自称究極の超私的音楽感想家。1995年から自らのホームページでCD評を発表していたが、現在活動休止中。新たに始めた詩作に軸足を移している。

ここは主に技術向上のため武者修行(コンクール)に出した自作の詩の結果を忘れないよう、備忘録として使っている。入選入賞を自慢する場所ではないので、当然ながら落選も記録している。
※武者修行のうち、“文芸祭”については、2025年度をもってやめることとしました。

あと、詩作品はなるべく載せないようにしている。理由は、AIに窃用されたくないから。
心が狭い?いいんです、これでいい。


パート1から続きます。

(できればパート1から読んでね)

 

 

 

 

名古屋城に来たどー。

 

 

埼玉の忍城(おしじょう)より大きい。

 

 

この門から入ります。

 

 

名古屋城を裏から眺めたところ。

カップルか。羨ましい☺️

 

 

椿展をやっていました。

どんなもんかな、と覗いてみました。

 

 

地味かと思ったら、そんなことはありませんでした。

 

 

綺麗な椿がいっぱい。

 

 

人気投票でいちばん。

おめでとう🎉ございます。

 

 

帰りの新幹線まで時間が余っていたので、駅の近くを散歩しました。

地図もなく行き当たりばったりで歩いていたので、どこだか分かりませんが、とりあえずパシャリ。

 

 

そんなことしてたら、寒いこともあって、尿意を催してしまいました。

トイレを借りようと喫茶店を探しましたが、見つからなかったので、仕方ない、目に入ったパチンコ屋さんにお邪魔しました。

タダで借りるのは気が引けたので、ちょっとパチンコしてみたら、あっという間に3,000円が無くなりました。

高いトイレ使用料になりました。

 

 

もうちょっとちゃんと写真を撮れば良かったかな。

 

でも写真を撮るのが目的でもないし。

 

目的無く街をぶらぶらするのが楽しいわけで。

 

まあいいか。

まあいいや。

 

以上でおしまい。

 

先日、岐阜県文芸祭で表彰式に出席した時、せっかくだからと、空いた時間に岐阜と名古屋を、ちょっとだけ見て回りました。


iPhoneで写真を撮ったので、紹介します。


埼玉県民の私にとって、名古屋は遠いところ。岐阜に至っては未知の世界でした。



岐阜駅前の、金の織田信長公の像。



埼玉にはない、威厳というか風格があります。



表彰式に出席する正装のまま、金華山の頂上にある岐阜城に向かいます。



途中まではロープウェイで行くので、余裕で登れちゃうと思ったのですが、それは過りだということが、登ってみて初めて分かりました。



岐阜城。



岐阜城パート2。

ここに辿り着くまで、結構しんどかったです。

何せ、表彰式に出る格好で山登りしたのですから。

ジャケット姿に革靴👞で登っていたのは、ボクひとりでした。

バカだ。



さて、ここが表彰式の会場、岐阜県清流文化プラザです。



ホール入口。

思っていたよりもずっと立派なのに驚きました。



表彰式前に、賞状の受け方の練習がありました。

この舞台上です。



で、これを頂きました。



所変わって、名古屋熱田神宮。



何だろう、綺麗な巫女さんがいました。



次に、名古屋城に行こうと、地下鉄の駅を出ると、ウィメンズマラソンをやっていました。



皆さん、すごい。

元気をもらいました。



被り物をした人もいました。

暑くないのかな。



パート2へ。


2025年9月30日締め切り、9月30日にネット応募した詩1篇が、文芸大賞になりました。

 

主催は岐阜県なのですが、全国公募のコンクールです(なので埼玉県民の僕でも応募できた)。

 

本当は12月末に郵送で通知が来て、文芸大賞受賞はわかっていたのですが、いわゆる緘口令(かんこうれい)というものが布(し)かれていたので、このウェブログでの発表は、表彰式(3月7日)後の今日になりました。

 

有難いことです。

 

作品応募時には、こんな賞になるとは思ってもいなかったので(自分では前回入選になった作品のほうが思い入れがあった)、通知を頂いた時には正直びっくりしたのと、どこが評価されて文芸大賞になったのだろうという戸惑いにも似た気持ちが湧き上がってきました。

 

それを確かめるには、表彰式のあとにやる「作品講評会」(審査員の先生がたが出席して、作品のどこが良くてどこが駄目だったのか講評される会)に出るしかない、と思い、お金を貯めて現住地の埼玉から式典会場の岐阜まで行ってきました。

 

余談ですが、表彰式のあとには、プロの朗読者(元テレビ局のアナウンサーで現在も朗読やアナウンスを生業(なりわい)とされているかた)にプロの伴奏者(現ピアニスト)が、僕の詩を読んでくださり、それがあまりに素晴らしく、

 

「えっ、これが僕の詩?」

 

と、びっくりしてしまいました。

 

さて講評会では、一般の部の審査員と小学・中学の部の審査員がいっしょになって、僕の詩の感想と、評価・分析をしてくださいました。

 

後学のため、僕はそれを一言一句書き漏らさないようにノートに書き記(しる)しました。

 

ここに作品も載せずに講評を書くのも変なことですが、一応、作品集で述べられていることを転載します。

 

「風鈴」というタイトルの詩を書いたのですが、

 

『母が認知症になり徘徊する経緯や、「僕」が介護し看取った心境が描かれています。そのなかで、風鈴が作品の導入として自然に作用しています。「風鈴が鳴っている」からの二連、三連は、現在と過去が混在している母の意識の様子と共に、幼い僕が父母と行った縁日、その遠い日の三人のなつかしい姿が印象的です。思い出もいきいきと描かれています。オノマトペの「カランカランコロンコロン」も効果的で、構成や展開もスムーズで無理がありません。作品には詩情が漂っています。』

 

ここで自分自身が驚いたのは、「詩情」が漂っていると書かれた点です。

 

これは、僕がずっと「詩情って何だろう」と思い、頭で理解していないまま、常にもやもやしながら詩を書いていたので、他人から「詩情が漂っている」と評価され、うれしいはうれしいのですが、いささか困惑しています。

 

ただ、よくわかったことは、「詩情」って、書こうと思って書けるものではなく、書いたあとから自然に漂ってくるのだなーということです。

 

あと、小中学校の部の審査員の先生から、ちらと「散文詩」という言葉も出てきました。

 

これは先の「詩情」とともに、「散文詩って何だろう」という、僕にとって詩作の二大疑問のひとつでした。

 

気がつけば、散文詩的なものを書いていたんだな、と思うと、これも意識して書こうと思って書けるものではなく、作品を書いた結果、それが散文詩だった、と自分でもわかったようなわからないような、疑問が解けたようなまだ解けないような、でも何となくうれしく感じました。

 

最後に、僕のホームページ(詩を書き始めてからこれまでの授賞歴が書いてある)を見てくれたであろう審査員の先生から、

 

「もう文芸祭(に応募するの)は終わりにして、これからはもっと高みを目指しなさい」

 

とアドバイスされました。

 

僕もそのことはずっと思っていたので、今回の受賞をもって、これまで自分の詩の勉強の成果を確認するための、文芸祭で「武者修行」することをお終(しま)いにしたいと思います。

 

でも、他にあるコンクールには挑戦するよ、更に自分の詩のレベル向上のためにね。

 

ここまで、お読みいただき、ありがとうございました。