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Kyokoのブログ

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色んなことから逃げるように、心も身体も傷ついて、仕事を辞めることになりました。

24歳の頃。


考えたくもない。

振り返りたくもない。

反省もしたくない。

誰にも会いたくない。


そんな気持ちのまま、母にはまともな理由が言えず、責められることが確定してる相手に、正直な思いなど伝えたところでさらに傷口に塩を塗り込むことにしかならないから。

私の母は厳しい。

私はずるいから、病気(目の難病)を口実に逃げる言葉を発してしまったりすることがある。

今回もそれを使ってしまった。

おまけに、胃と十二指腸の潰瘍に、全身にできた無数の大きな湿疹。


まずは顔が人に見せられない状態なので、治療のため首都圏の大学病院巡りを始めることになる。


しかし、どこへ行ってもただのニキビと診断。

出される薬は同じもの。

ビタミン剤(B&C)と、抗生剤と、アクアチム。


全く変わらない。

何もよくならない。


結果的に、自分で全国から様々な化粧品を取り寄せて、さらに酵素を飲み、数年かけてようやく治癒までこぎ着けました。


潰瘍に関しては、ストレス源が無くなったのだから自然と落ち着いた。


ひきこもりであった。

昼間寝て、夜中起きて好きなことをする。

ご飯の時しか顔を出さず、ずーっと部屋にこもりきり。

2年続いたか。

私にとっては必要な2年だった。

今の時代と違い手元にネットがないので、映画を観る、本を読む。この二択で生活は成り立っていた。


若くて楽しいと思っていた20代は、苦しいものになっていた。


今振り返ると、自業自得なところも大いにある。

そもそも、

人との距離感が苦手で、

この人は!と思うと、つい近づきすぎてしまう。

反対に、この人ダメだ!と思ったら、はじめから近寄らせないし近寄らない。


そんなわけで、人に理解されにくいため、軋轢を産む。いじめられるのも、嫌われるのも仕方なかったのかもしれない。


結果的に、病んで引きこもり、誰とも会わず、誰にも相談もできず閉じこもっていた。


そもそも、人に相談をするのが好きではないし、意味がわからなかった。


相談てのは、困った時に、人に新たな意見を求めて、そこから打開策を見いだせるようにするものだと思っていた。

私は自分で考えて、ある程度様々な方向で打開策を常に考えている。

その中から、少しづつ解決へ動いていこうと動いているため、人に言うのは全てが終わったあと、こうだったのだと伝えるのみ。


それに、自分の悩みは本当に人に頼るほどのものなのか?

された方は困るのではないか?

重すぎる内容に困らせるのも、嫌な顔をされて、自分が傷つくのが怖いのも嫌なのだ。


だから、私の場合は人には相談しても意味が無いと思っている。


良く、人に相談されることがある。

それは喜ばしい。

何かを人に伝えることが昔から好きなのだ。

自分の中にある物を、欲する人がいて、それを喜んでもらえる事が幸せだと思えるのだ。


様々な経験が、知識となり、人がそれでよろこぶ。

これはとても自分にしあわせな気持ちをもたらしてくれる。


仕事も恐らくこの喜びが、仕事への情熱に繋がっていると思う。


しかし、この頃の自分は殻にとじこもり、心を閉ざしていた。


無になりたい。



次は、自分の悲壮感に浸っていた愚かな自分が、立ち上がる時、それは大切な親の窮地であった。