息子の大学の友人が何回か自宅にきてくれているらしい。
私はあれ以来、家族と別居しており、遠い600km離れた関東地方の実家にいる。
そのような訪問があった時はLINEで連絡してくれる。
息子が亡くなった次の週に、学生寮に荷物を取りに行ったが、寮長さんをはじめ、皆一応に「全く話さない子」だったと言い、関西から遠く離れた東京で一人ぼっち寂しかったのかな。と思うと、とても悲しくなり、静かに涙がこぼれてきた。
荷物をレンタカーに入れ、返却時間に間に間に合うよう、過呼吸になりながら大雨の首都高速を実家まで急いだ。
その2週間後、大学のサークルのお仲間が部室に招待してくださった。
私は関東の実家から、約束の時間の2時間ほど前に付き、大学近辺を散策した。
とても華やかで、若々しくて、予備校や各種学校などの看板が、若者たちの未来を応援している。
東京で一人ぼっちでこのような華やかな中にどんな気持ちで通学していたのだろう…。そう考えると息子がかわいそうで仕方がなかった。
妻と正門で合流したがきっと妻も同じことを感じていたと思う。
そして、息子の大親友だったという女性にサークルを案内された。
息子の所属していたサークルは、障害をお持ちのお子さんの面倒を見る児童福祉サークルで、サークル活動を見学させていただいた後、部室に息子の私物を部室に取りに行った。
すると、部室にはあふれんばかりの友人が来てくれていた。他大学の学生も来てくれた。外国人の留学生も来てくれた。先輩、同輩、後輩、皆が「○○○がいたからこのサークルは盛り上がっていた」とおっしゃってくださり、あちらからもこちらからも想い出話が飛び交ってきた。
あまりに具体的かつ多すぎて全部覚えきれていないほど。
私も妻も「えっ。えっ。そうだったの。」しか言えなかった。
寮に荷物を取りに行った2週間前とはあまりにも違う、とても華やかで、若々しくて、未来を感じる。息子が、息子が存在していたのだ。
とても嬉しかった。
息子はこんなにも多くの人に愛されていたんだと思い、とても嬉しかった。
「○○○がこのサークルに2次会(飲み会)の文化を作った」
「上野で朝まで飲んで、それから先輩の卒業式に参加するための服を買ってあげた」
「ある女の子のお母さんが困っていた時、夜の高田馬場で探してくれた」
「夜中に写真を送ってきて、服のコーディネイトをしてあげた」
※そういえば息子は大学にアロハシャツを着ていくような個性的な子だったが、息子と最後にキャンプをしたときは全く別人(伊達メガネまでかけちゃって)に見え、全く気が付かないくらいおしゃれになっていた。なれなれしいキャンプ場の店員だなと思って、本当に2,3分話してもまだ息子だと気が付かないくらいおしゃれな大学生に変化したのもサークルの仲間たちのコーディネイトのおかげです。
「高田馬場の駅前広場で知らないおじさんと飲んでいた」
「いつも部室にいるので、○○○がいるから部室に顔を出すようになった」
「帰りはいつも一緒に帰っていた」
「米国に先輩と一緒に旅行に行くお金を貯めるため、寮からお弁当を持ってきていた」
「夜にLINEで恋の相談をする仲だった」
「子供への距離の取り方が絶妙にうまかった」
「サークル全員の顔を知っているのは○○○だけだった」
「○○○は無敵だった」
・・・
どんどんと我々親の知らない、息子の意外な一面が出てくる。
そして皆様のおかげで亡くなった当日の行動がわかってきた。
授業終了後、その日はアルバイトに行っていた。
アルバイトの帰りの電車では大学の友人とチャットを楽しんでいた。
息子が好意を寄せている女の子と来月にデートをする約束をした。
その後神戸に住む友人と1時間ほど通話をした。
更にその後大学の大親友と1時間半ほど通話をした。
その数時間後に亡くなった。
アルバイトに行く際に、新規にPASMOにお金をチャージしていたのになぜ?
デートの約束までして、「プランは僕に任せてね」と言っていたのになぜ?
距離を超え、性別を超え、多くの友人から相談を受けていたのになぜ?
とても華やかで、若々しく、未来を感じる息子の姿。
今でもどこかにいるような気がしてならない。