昨日、精神科の専門病院を退院しました。
当初2、3ヶ月は入院することになると思う。とお医者様に言われていましたが、1ヶ月弱の入院で、今後は週1回の通院で病状が悪くなれば、再入院するとのことです。
実は私は入院する前から、なぜ私が入院するのかがよく理解できていませんでした。言い方を変えると入院するほどの状況なのかなぁとさえ思っていました。
入院前にお医者様とカウンセリングがありました。カウンセリングは3時間を超えました。私の生い立ちから始まり、学生時代のこと、仕事のこと、家庭のこと、親しい人の中でも一部の人にしかお話できないようなこと、もちろん息子との関係のことなど、私の全てと言っていいほど多くのことを泣きながら話しました。
お医者様曰く、「今まで常にアクセル全開で生きてきており、それが空回りしてしまっている状態にある。」と説明を受け、その説明に納得しましたが、それでもなぜ入院するのかがわからなかったのです。確かに息子を無くして1,2か月は過呼吸になり、頭と口が追い付かず、どもって話すようになり、簡単なことも記憶できず、世の中の色が消えていました。お医者様曰く、「後追いの心配」と「休養のため」とのことですが、後追いはするつもりはありませんでしたし、仕事を休んで実家に引きこもっていましたので休養しているみたいなものでした。
入院に際し、私はノートと本と筆記用具の持ち込みのみ許可されました。いわゆる精神病院の閉鎖病棟と言うところです。
私は入院期間中に息子の死についてゆっくりと時間をかけて整理と理解をしようと、息子にしてあげたことやしてもらったこと、思い出や今の考え、そしてあの日のことなどを後悔と自責の念と共にノートに書いて行きました。そのノートは2冊になり、入院中に読んだ本も、自死家族の方の手記や生死について、宗教についてなど14冊の本を読みました。
そして昨日退院しましたが、2冊も書いたノートなのに、同じような内容が言葉が違うだけで、ぐるぐると回っている。同じ文章ばかりで整理も答えも出せていませんでした。
むしろ本の方が役に立ったと思います。特に自死遺族の方の手記や生死についての書籍は涙が出るほど心に染み渡る時もあれば、私にはあまり当てはまらないな(よく分からないな)という時もありました。
入院生活は想像以上にきつかったです。部屋に一人でいるかトイレに行くぐらいしかすることがありません。お風呂は週に2回しか入れないので、スーパーのお肉コーナー並みに冷房が効いており、汗はほとんどかきません。布団の中に入ってないと寒いのです。唯一誰かと話す時(話せる時)は食事時間の前後とトイレの前の廊下ですれ違った時ぐらい。薬のせいか一日中眠く、また夜は睡眠薬を服用しますが、一日中眠いのでそこに睡眠薬でガツンと眠気が来ても1,2時間もすればまた目が覚めてしまいます。すると追加の睡眠剤が渡されます。そんなやり取りを一晩で最大3回行います。机もないのでノートもベッドの上で膝の上に置いて書いてました。
そんな入院環境でしたが、入院日数が経つにつれ、段々と「私が入院した意味」がわかってきたような気がしました。
精神病院に入院する方は結構長く入院している方が多いようです。5年10年入院されている方も多くいらっしゃる一方で、2、3ヶ月で退院される方も多いようです。またしばらくすると戻ってきたり、別の入院施設のある精神病院に転院されたりする方も多いようです。
そんな入院期間中にとても不思議な体験をしました。
小学生の時から引きこもりになり、今まで入退院やその他の病院を転院してきた25才のY君。Y君はテレパシーが聴こえるようで、また独特の宗教感というか世界観を持っていました。なにせ小学校の時から引きこもっているので、敬語が話せないし、語彙も25才にしては幼さを感じるような方でした。それゆえに、シンプルな言葉と共に感情をストレートに出してしまうような方でした。Y君と私は同じトイレを使うので、良く廊下で会いました。段々と仲良くなるうちに、Y君が、どう考えても私の息子のことを知っているような話ぶりをするのです。
もちろん患者さん同士の個人情報や入院のいきさつは自らが話さない限り守られています(私はお医者様以外誰にも話しておりません)。私も初めは彼が急に昔のアニメの話などを突拍子もなく一方的に話をしてくるので、若干Y君を避けていました。しかしある日タイミングを見計らったように「キミ(私のこと)の大切な人はキミの中にいるよ」とか「大切な人はキミのこと好きなんだよ」などと言ってくるのです。「どうしてそんなこというの」と聞くと「テレパシーで聞こえる」とのこと。Y君曰く、一瞬世の中の時間が止まる時があり、その時にテレパシーで誰かが教えてくれるのだそうです。どうやらその「誰か」というのは常に同じ方のようで、上記のことも、その「誰か」がテレパシーで伝えてくるというのです。Y君は自分で感受性が高いということを理解しており、またそれが原因で10年以上色々な精神病院を転院しているということも理解しているようで、彼なりの努力で昔のアニメの話などで私をつなぎ止め、周りの目を気にしつつ、私に話すタイミングをうかがってくれていたのです。Y君は少ない語彙で一生懸命伝えてくれました。Y君は独特の宗教観や世界観のようなものを、これも少ない語彙でシンプルに説明してくれました。それはまるで古事記やキリスト、ブッタのお話しのようでもありました。私は大学で物理学を学びましたが量子力学的な話も交えてくるので本当に驚きです。漢字もあまり読めず、家の電話番号も覚えられないのに、「誰か」から聞くお話は頭に入っているのです。その「誰か」は神様なの?と聞くと?わかんない。天皇陛下かな?お巡りさんかもしれない。というあたりが彼のとても素直で純粋なところなのだなと思うと、段々と仲良くなり、彼の不思議な雰囲気にどんどん魅了されてしまいました。
ある日、退院したら何したい?という話になり、Y君は「お父さんとお母さんと旅行がしたい。」「お父さんのお仕事を手伝いたい。」という話をしていました。するとY君は突然「お父さんは僕のこと嫌いなのかな?」とぽそりと言いました。私は「絶対にそんなことはない。Y君。絶対にそんなことはないからね。」と少し強い口調で泣きながら話しました。普通、こう言う時は私が泣いたことに対してびっくりして「どうしたの?」とか「泣かせちゃってごめんね(ありがとうね)」とか言うと思うのですが、Y君は「泣きたい時は泣いていいんだよ」と言うのです。ひょっとしてY君が思って言ったことではなく、「誰か」がY君にテレパシーで伝えてきた言葉なのでは。と思ってしまい、涙が止まらなくなってしまいました。
Y君とはこれからも友達でいたいな。と思っていた私は、私の携帯番号をメモして渡そうと思いました(本当は禁止されてます)。明日電話番号のメモをこっそり渡すねと言う話になり、その日の夜はさようならしました。
次の日の朝、私の部屋からY君の部屋を見るとY君がいません。ネームプレートも外されていました。朝のお薬の時間に看護師さんに聞いても教えてくれません。夜の消灯時間から朝の起床時間の間までにY君は急にどこかに行ってしまいました。何日も気になっており、この人ならばという看護師さんに気になっている旨を伝えました。すると、急に家の都合で退院か転院したようだよ。としか教えられないとのこと。
私は、はじめてY君に会った時、Y君を避けてしまったこと。連絡先のメモをこっそりと渡せなかったことをとても後悔しました。
精神病院に入院している方々は本当に素晴らしい方、優しい方ばかりです。
とても繊細で感受性が高く、我々がいつも暮らしている日常に生きづらさを感じ、心を病んでしまった方なのです。
本当は一人一人が素晴らしい個性を持ち、穏やかで、素敵な方なのです。
今まで私はこれらの感情や考え方を持ったことはなかったように思います。
そして、息子のことを考えない日はありません。
上手く言えないのですが、私が入院することは「必然」だったのだと思います。
※とりとめもなく長文・乱文になってしまい失礼いたしました。