2022年春――CRカップ本番、最終戦。残り二部隊。

 

 後の伝説となる英雄のキル数は現在、19。彼の勝利条件である20キルチャンピオンまで、あと1キルとなっていた。  最後の決戦の舞台は「カウントダウン」。

 

 先の戦闘で削られた体力を回復し、「もこう」から託された弾丸を愛銃に込めて、グラップルでその空間に足を踏み入れる。索敵のために愛銃を構えて辺りを伺うと、「カウントダウン」の中央に恐ろしい覇気を纏う一匹の獣がいた。彼はその獣を上から見下ろしながら、隙だらけのその姿を前にしているのに動けなかった。更には、画面の向こうから溢れるその圧を受けて彼は、無意識のうちに構えていた愛銃を下ろしていた。

 彼が求める一キルの相手として彼の眼前に佇む獣は、世界で磨かれたその圧倒的な強さから「魔王」とも呼ばれている。

 

 「魔王・Ras」

 

 それが、彼の運命を決める最後の相手だった。残りは二部隊となったが、「魔王」以外の姿は見えない。恐らくハイドしているのだろう。だが、そんなハイドに対して意識を向けられるほど、油断のできる相手ではない。

 

『――どうした? 撃たないのか、おにやよ』

 

「!?」

 

 聞こえるはずのない声。だが、確かに彼の耳にはその声が聞こえてきた。画面の向こう側に存在するはずの、「魔王」の口から。

 

 「ゲームから声が!? これは、トラッシュと言わざるを得ませんね」

 

 『ふっ、トラッシュではない。私はRasのレジェンド、ホライゾンに宿った人格だ。ただ戦うだけではつまらないからな。少し、言葉を交えないか? どのみち、貴様はここで死ぬのだから』

 

 その言葉を受けて、彼は少し間を置いた。目の前の超常は信じられないが、確かにそれは事実として、彼の耳が捉えている。疑う気持ちも、恐れの気持ちも抱いている。だけど、彼は口を開いた。

 

「あなたと会話はしません。トラッシュは、速やかにゴミ箱に捨てないといけませんからね。そして宣言しましょう……三十一手後に、お前は詰む。それが、この戦いの結論です」

 

『ほざけ、床ペロが』

 

 その言葉が、最後の戦いの合図だった。

 

 「魔王」がアビリティを使用して、空へと飛び立つ。

 それに対して彼は愛銃を構え、宙に浮く「魔王」へと狙いを定めようとする。しかし、「魔王」は軽やかなステップで、彼を攪乱する。その動きはあのMacが苛立ちを覚える程のもので、彼が撃ち放つ弾丸は空を貫いてしまった。

 

 『その程度か!』

 

「魔王」は手にした「ウイングマン」で、上空から彼を狙い撃つ。しかし、彼もまた華麗なタップストレイフとスーパーグライドを駆使して、その反撃を躱した。

 

 初手は互いに無傷。だが、両者の表情に浮かぶのは満面の笑みだった。

 そして二人は再び、物陰から身体を出しあって攻防を繰り返す。彼が撃てば「魔王」が躱し、「魔王」が撃てば彼が躱す。

 

 それから二人は長い時間、銃声の奏でるメロディと、纏まりのないステップで戦場で踊り合った。稀に直撃する弾丸があったものの、直ぐに反撃されて攻め込む隙を互いに作らせなかった。その為彼らは、安置収縮のアナウンスも気にも留めずに、戦いを楽しんだ。

 その異次元の光景に、この試合を観戦する全ての人は沈黙でい続けた。彼らの戦いは、まるで神話の一節のように壮大でありながらも、美しく、思わず見とれてしまう程のものであったからだ。

 

 彼が宣言した「三十一手先」。それが一体、何を意味するのか「魔王」は勿論、彼自身もよくわかっていなかった。

 ただ、もし本当に「三十一手」なんてもので終わってしまうなら、それまでの「三十手」を永遠に繰り返したいと、彼は思った。

 

 彼の「三十手」と、「魔王」の「三十手」。

 

 互いに繰り出し合って、繰り返し合うその戦いを、彼は永遠にし、それこそ神話と共に伝承させていきたいと考えた。

 

 その戦いに名前を付けるなら、彼の愛銃にちなんでこう名付けるのはどうだろうか。

 

【30-30リピーター《互いの三十手を繰り返す者たち》】

 

 しかし、この世界に永遠がないのもまた事実である。終わりというのは残酷に、そして突然訪れるのだ。

 

 甲高い天使のホルンにも似た銃声が響き渡り、「魔王」の頭に直撃した。その音に「魔王」は一瞬怯む。

 たった一瞬、しかしその隙を、彼は見逃すはずもなかった。

 

『――ジップラインで飛ぶ準備はいい? 僕はOKだ!』

 

『!?』

 

 突然、彼が隠れているの物陰からジップラインが飛んできた。

 いきなり突撃してくるのか、それとも「魔王」である自分を誘っているのか。「魔王」の脳内が、彼のジップラインが生み出した問いに埋め尽くされる。しかし、それについては考えてはいけなかった。

 何故ならそれは――、

 

「フェイクジップ、だからね」

 

 その呟きと共に、混乱する「魔王」の頭部に彼は照準を合わせる。そのスコープには、ここまでの僅か数分であったが、とても濃密な戦闘が浮かび始めた。撃ちたくない気持ちもあった。しかし彼は、躊躇う気持ちを押し殺して続けざまに四発放ち、「魔王」を地に伏せさせた。

 

 地に付した「魔王」は、未だ死んではいない。「魔王」は、ゆっくりと彼に近づいて、その黄金に光る盾を見せつけた。

 

『……お前の勝ちだ、おにや。私は、悔しかったのだ。何でお前が24ポイントで、私やSellyは18ポイントなのか。たったの6ポイント差……それが、本当に悔しかった。ただ、それだけだったんだ』

 

 俯いて、嘆く「魔王」の姿には、最早威厳なんてものは微塵も残っていなかった。そこにいるのは、たった一人の「Apex Legends」を愛する青年だった。

 

『すまない、『死人に口なし』だったな。ありがとう、おにや。君のおかげで、私は、いや僕は……エイペックスヲ、オモイダシタヨ。キミノオカゲダ。ty.You carry』

 

 「魔王」のその言葉に、彼の瞳は潤んでいた。違うんだと、君のおかげで僕も楽しめたと、そう伝えたかった。だけど、もう時間は無かった。収縮し始めた安置が、「魔王」を飲み込んでいっていた。

 だから、彼は消えかかる「魔王」へと、涙を浮かべながら短くこう言った。

 

「No, you carry. ty, Ras」

 

『……Yhea. We carry』

 

 彼は泣いた。消えてしまった「魔王」、否「Ras」も最後に泣いていた。悲しかった。でもそれが、彼にとってどうしようもない程に嬉しかった。

 

2022年春――CRカップ本番、最終戦。

 

「一位・おにや 20キル 10028ダメージ」

 

誰もが、そう思ったその瞬間――突然「Apex Legends」の世界が崩れ始めた。