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3-NOTE Street Life

会社員として働きながらメジャーデビューを目指す!

こんばんわ!
3-NOTEのヨッシーこと、笹久保君です。

日々、社会人としてや3-NOTEの活動を通して感じることを書いてみようと思います。

こことのころ良く考えていることの話なんです。

我々、現代日本社会とは揉め事の多い世の中だと思いませんか?

小さな社会、小さなことでせめぎ合う。こんなつまらないことは無いでしょうと思うのです。

今を生きる僕達には心のユトリというものが少ないのではないでしょうか?

皆、誰でも相手を責めること、非難や批判、そして誹謗中傷と言ったことは容易くできるものですが、相手を受け入れる、理解しようとするといった事はできない人が多いように感じます。

書いてる当人である自分自身もそうなのかもしれない。

何故なのでしょうか?

自分の中にある固定概念や観念といった狭い視野の中にあるものに対して、新しい概念と言うものを受け入れる事は然程難しいことではないはず。

いや、これこそが難しいのでしょうか。

これは日本の首脳陣を見ていても感じること。

例えば、与党を非難する野党
それに答えるかのように野党を非難する与党

経緯や議題は置いておいて、これでは歩み寄ることは一生できないこととなってしまいます。

話を戻しますが、もっと相手を見ることはできないのでしょうか?
意外と省みると自分が間違いを犯している事の一つや二つあるはずなんです。

もっとお互いに歩み寄りましょう‼

声を大にして言いたい。

そう。
僕らは音楽を発信しています。

それは僕らなりに伝えたい気持ちや言葉を歌詞に込め、1音1音を折り重ね1つの曲を、いくつもの願いを、届けたい想いを歌として発信しているんです。

声を大にして伝えて行く手段があるのです。

今までもこれからもそうして曲を作ってきたし、作って行きたいと思っています。

それは3-NOTEが、僕ら二人が作っていく世界。

しかし、音楽としての発信者は世界中に何万といる。

当然の如く、その数だけ世界がある。

やはりそこには文化の違いもありき、食い違いや、自らの概念の枠を越えることのできない世界が混在する。

しかし、我々発信者は言葉にして、文章にして概念の枠を越えることのできない「それ」を批判することがあってはならないものと考えています。
これももちろん発信者としての僕の考察にすぎませんが。

しかし、いざ自分がリスナーとして音楽と触れ合おうとすれば、音楽というのは自由なんです。

言葉の通り。音を楽しむことができたなら、自分の中でその音楽は成立する。
それは誰に犯されるでも強要されるでもなく、自由に音楽を楽しむことができているから。
また、他人の音楽の世界は犯すことをも強要することも、ましてや非難することはあってはならないとも思う。

しかし、ここで言いたいことは歩み寄り。
これでは歩み寄ることはできません。

先の話につなげて行きましょう。

音楽の楽しみ方は人それぞれといいましたが、仮に自分が15センチのモノサシという範囲の中で楽しんでいた音楽があるとします。
それに対して相手は30センチという範囲のモノサシの中で音楽を楽しんでいる。

その15センチの違いには重なるところもあれば、新鮮なところもあるはず。

前者は怖がらずに、新たな15センチの枠に耳を傾けてみても宜しいのではないでしょうか?

傾けた結果、好みじゃないかもしれません。苦手かもわかりません。

しかし、それはもう15センチ範囲で楽しんでいた音楽は枠を越えているのではありませんか?
新しい世界な感覚として触れられたはず。
良いことではないでしょうか?
非難はやめましょうよ!と思うんです。

前置きが長くなりましたけど、現代社会も同じだとおもうんです。

人の数だけ思いや思考というものは千差万別に存在します。
わかりあえることもあれば、出来ないこともあるでしょう。しかしながら、非難しあったりする姿は本当に寂しいものです。

日々こんな事を考えていました。

昨今急速に発達した情報社会。  
匿名掲示板を初め、ス
マートフォンの普及により活発化したSNSサイト。
こうした、実態の無い人間関係というものは本当に善悪付けがたいのですが、一つだけ言えることは

「目を見て話さないことで、そこに冷たい社会が広がっていること」

もちろん素晴らしい繋がりだって作れます!
僕ら3-NOTEはSNSを通して数えきれない程の暖かい出会いを、繋がりをもっています。

しかし、匿名掲示板やネット上での繋がりでしかない関係というものは難しく、面と向かった会話をすることなく意見し合える実情は、やはり誹謗中傷や非難の嵐を産む結果も招いている。

良識を持ってSNSを使え!とまでは言いませんが、例えSNSだとしても、そこはもうネットを通して繋がっている「人間社会」なんです。
誰かが見て嫌な想いをしたり、見ていて気持ちの良くない過激発言というものは、やはり伏せた方がいいのではないでしょうか。  

他人を突っぱねるのは誰でもできるんです。

他人を受け入れる勇気と大きさを少しでも持ち始めれば、社会と言うものの中に「笑顔」が増えていくのではないでしょうか?

はい。長くなりましたが、日々目の前で起きる小さなイザコザに嫌気がさして、揉め事というものの概念?いや起点や解決というものを考えてきた考察をまとめてみました‼

【3-NOTE次回作】

モノサシ

お楽しみに‼笑