注~子供が亡くなった時のことを書いてるので、辛くなりそうな方はスルーしてくださいあせる





この間、職場スタッフの近しい方がお亡くなりになりました。


職場に復帰した際、その方から葬儀のお話を聞きました。


某有名な葬儀会社に亡くなった方が入っていたのですが、

そこの葬儀のプラン内容で、

ご遺体を湯灌(ゆかん。お風呂に入れること)するか、アルコール消毒するかが選べたそうです。

その方は、湯灌にして化粧してもらったんだけど、生き返ったみたいで

やってもらってよかったと話していました。



、、、その話を聞いて、ふと思い出しました。



まめたが最後亡くなったあと、

私自身がまめたに沐浴をしたことを。



本編は、そこまでたどり着いてないのですが、

まめたは血小板が自分で作られなくなって、

肺の中に血がいっぱいたまって、

吐血して亡くなりました。


亡くなった時もいろんな思いがありましたが、

亡くなったあと、看護師さんから、

いつもの沐浴層をワゴンで持ってきてくれ、

綺麗にしてから服を着せることにしたのですが、


その沐浴も、、というか、



そのときの沐浴辛かったな、、、

 っていうのを思い出しました。





沐浴した時、私は泣き叫んでいました。

もう帰ってこない現実に。


ハプロ移植したあと再発し、

免疫抑制剤を切って再起をかけようとしたまめたの肌はボロボロでした。

感染予防と清潔ために、

まめたは泣いているけれど、私はできるだけお風呂に入れていました。

これが自分にできることだと信じて。


だけど、この時の沐浴は、

まめたの泣き声もなく、手足もクタッとしてました。


ほんとにお別れしてしまった現実が受け入れられなかった。



もちろん、医療者側が悪いわけじゃなくて、

沐浴をすることで死後の悲しみを癒したり、

お別れすることの節目の目的のためだったんだろうと思います。




ただ、今は死後に湯灌をするというのを聞いて、

ふと思い出し記録に残しておこうと思い書いてみましたにっこり