ミズキとユヅキって言う名前の発音が、何となく似てる。
 そう周りから言われて見掛けたのが、俺的には始まりだった。
 
 だからと言って、率先して見に行くわけでもないし。
 興味が、薄かった。
 同じ学年なんだからその内、なんかの接点とか出来るかもだし。
 なんって、悠長に構えていたら廊下で擦れ違った。

 こいつが、瑞生《ミズキ》って言うんだ。
 通り過ぎ様にチラッと、視線を向けた。
 確かに皆が、騒ぐ気持ちが分かるぐらい美形で鼻筋が通っていてバラスの取れた顔と容姿だった。
 
 そこで素朴な疑問が、頭に浮かんだ。

 瑞生は、俺を知っているのか?
 
 知るはずないかぁ…
 もっとも、知っているからってどうって事もない。
 ただの見も知らない同級生。
 まぁ…向こうも、似た名前の同級生が……ぐらいの噂は、耳にしたことあるかもしれない…

 でも、何って言うか…
 そう言うと大概的には、いいかも知れないけど、向こうは俺を知らないと思う…
 入学して丸1年が過ぎて、2年になったある日。
 あともう少しで、夏休みだなぁ…とか、同じ学年なのに、会わないなぁ…とか、
 言い方を選ばないで言うと、随分と俺は、ねちっこく瑞生を見てたのかもしれない。
 その頃は、俺自身他校に付き合っている女子も居たし。
 男子で綺麗な子が、居て目立ってて騒がれてる。
 そんな認識。
 でも、よくよく見てたら。
 瑞生の姿が、自分の中にある付き合えたらこんな感じの子にピッタリ過ぎるぐらい当てはまってた。
 同じ学校で同じ学年で、知り合いになるのなって、誰が思うよりも簡単だけど…
 瑞生も俺も男で…

 フト。

 どうしてら。
 付き合えるのかなぁ…
 答えが、分かったら直ぐに付き合えたりするのかなぁ…

 って…
 何で今、俺?
 いや…俺、今付き合ってる子居るじゃん。
 その子に悪いだろ?
 ってか、付き合ってるヤツ居るのに誰かと付き合いたいとか、同性でも考えたらヤバいレベルじゃねぇ?
 今の彼女に悪いよな?
 
 大事にしなきゃ…
 
 そんな思考に始まり。
 大切にし過ぎた結果…

 その後、すぐに振られたんだっけ?
 

 終電間近の駅のホームで、偶然を装い会うのが、日課になった。
 どうやっても、瑞生相手だと学校で会ったり話したりするのは、目立って仕方がない。
 学年…いや校内で兎に角モテ顔の瑞生に声なんって、掛けようものなら。
 針の寧ろ。
 後が、怖い。

 けど、俺は前カノに振られる前から瑞生は、気になって居たし。
 話してみたいとも思っていた。
  その時の気持ちが、好きと同じだったのか…
 それとも憧れとか、そう言うヤツだったのかは、今でも謎だ。
 
 それが、色々あって事が重なって…
 最初の告白も、瑞生から言われた。
 気まぐれって言うか…
 告られて、付き合い初めて…
 改めて、瑞生の持つ綺麗な顔に惹かれしまった引け目と言うか、そんな付き合いが、現状続いている。
 性格は、良いし。
 話していても、互いに気を遣うような所もなくて、素で居られて…
 なんなら。
 前の彼女よりも、一緒に居るのが、気を遣わなくてで楽だ。
 本当の所は、付き合った当初は…こんなに長く関係が続くはずないって、思っていた…
 付かず離れずな関係になるのかなぁ…とか、
 良い友達だよなぁ…的な?
 それこそ男同士の付き合いって、どうなのって? 
 本気になれるもんかなぁ?  って、でも実際は瑞生が、どう言う訳か俺の顔が、好き過ぎるんだとか言って学校の連中が居なさそうな所では、ベタ付かれてる。
 で、俺は俺で、瑞生が俺の好きそうな顔して、言って欲しい事を言いながら。近付いてきた事が本気で嬉しくて瑞生の存在を、大事にしたい。

 それが、最近になって一理思う所が出てきた。
 もしかして…コイツから見た俺は、甘い顔すればヤらせてくれるヤリモクみたいな扱い方じゃないよな?  って…
 まぁ…よく考えたら。
 好きだからとか、愛してる…
 ……みたいな?…
 そんな風に言われたことないんですけど?
 
 あれ?
 俺だけが、好きなだけで…
 案外、瑞生の方は何とも思ってない?
 
 好きじゃないって、言われたらどうする?
 えっ…俺の立場ヤバい?
 
 聞けば、瑞生の事だから答えてくれるだろうけど…
 内心本当の所を、聞くのが怖い。
 好きだって言う恋愛感情を、持ってるのは、実は俺だけで…
 瑞生は、何とも思ってなくて、程度や都合が良いストレス( 性欲 ) の発散相手と思われてる?
 その証拠に今まで、唇にはキスをされた事がない。
 学校外で会ってて、良い雰囲気の時も、いわゆるシてる最中も…
 一度だって、唇にだけキスされたことがない。
 瑞生から顔を、近付けられた事もない。
 なら俺からと、せがむみたいに顔を近づけたら…
 慌てたように押し倒された勢いで耳に唇が触れ…
 そのまま甘噛された。
 俺って、そんな程度なヤツなの?
 男が言うセリフなのか、微妙だけど…
 「なぁ…俺って、そんなに魅力ない?」
 「えっ? はぁ?」
 瑞生は、固まったまま…
 オドオドするみたいな顔で、隣に座る俺をチラッと見詰めて視線を落とした。
 場所も、公共の場でもある電車の中だし焦ったような顔をすると変な誤解をうむ。
 この時間帯は、朝晩のラッシュに比べて比較的に混んでない。
 始発で人が殆ど乗って居ないのと同じで、終電もしかりと言った感じだ。
 
 数分の微妙な間が、流れた。
 
 耐えかねたように瑞生は、罰の悪そうな顔をしながら。
 欠伸する。
 恥ずかしいのか、手で隠しては居るけど…
 そこはモテ顔の瑞生。
 眠そうな顔も、仕草も全部が様になっている。
 OLさんらしきお姉さんは、そんな瑞生の姿を、上から下を往復して舐めるような視線で、姿を追っている。
 まぁ…慣れた光景だ。
 おそらくこれが、大学生とかだったら声を掛けてきたかもだけど、俺も瑞生もまだ高校生だから。相手が、大人なら変に近寄ってはこない。
 「…瑞生…眠いの?」
 うん。とか、う~ん…とか、そんな返事の後に瑞生は、俺の肩に頭を乗せ寄り掛かってくる。
 「後10分ぐらいで、駅に着くよ」
 「…眠いのと、なんか…すげーっ見られてるのイヤだから。寝させて…」
 小さくもない声だったけど、向かい側に座っていたはずのOLさんらしい人は、瑞生の発する言葉を聞いて、焦ったように別の車両に消えていった。
 
「これが、狙い?」略、二人っきりの車両。
 徐々に薄暗くなり始める秋のユッタリとした夕暮れの時間帯と、日の短さに翻弄される日常。
 少し前までは、明るかった日の長さからしたら。
 妙にテンションが下がる。
 気を取り直し俺は、瑞生の方を見下ろす。
 ここぞとばかりに瑞生は、身を起こしOLさんの姿が消えた車両に向けて、長い前髪に隠れた顔のままベーッと舌を出しまた俺の肩に寄り掛かる。
 「ザマ~…」
 瑞生の舌には、ピアスが有る。
 「…ベーッて、ガキかよ?」
 「…いいだろ?  あんなヤラシイ視線の女。それにオレは……お前と違って、女嫌いだもん…もしかして、あぁ…言うのが、好み…とか?」
 自信なさげな声は、どことなく。いつもの瑞生じゃないようで…
 ヤキモチなのかなぁ…とか、勝手に思ってみたけど…
 俺には、瑞生の考えが全部、分かる訳じゃない。自信がなかったりする。
 だから誤魔化すって訳じゃないけど、余裕ありそうな顔して答える。
 「…全然…」
 「そう…なんだ」
 「なに?」
 「……なぁ…佑月…」
 「ん?」
 「何か、腹減った。ガムとか飴玉とか、食いもんない?」
 「今?」
 そんなの急に言われても…
 
 あっ。
 そう言えば、昼休みに新発売だとか言って幾つか小袋で買ったって飴玉を、女子から何個を貰ったっけ?
 どこにしまった?
 制服じゃない。
 バッグの中?
 机だったか?
 普段からお菓子類は、食べない派だから…
 貰ったヤツは…
 「小袋の飴玉…お前に、やらなかった?  駅のホームで?」
 肩に寄り掛かる瑞生が、もぞもぞと動く。
 「だっけ?」 そう答えながら顔を上げるが、視線は合わない。
 意図して合わせないのか、たまたまか…
 不安になる。
 瑞生は、上着のポケットから捻ると食べられる別な飴玉を、取り出し食べ始めた。

 何だよ。
 他にも、持ってんじゃん…
 
 「…それ。なに味?」
 「ハッカ」
 意外な答えと味の名前が、返ってきた。
 常に甘いモノしか口にしないのにハッカは、辛いから嫌いって…
 「だって、佑月の近くで甘いの食べたりすると、胸焼けするって言うから。大体。“ あの女 ” も、嫌いって、分かってんなら。わざわざ持ってきて、食わすようなことすんなって…」
 「……えっと、見てたの?………」
 別々なクラスの俺と瑞生。
 それを含めて、俺らの関係は、校内では知り合い程度だから。気付かないで…おこうかって、自分で言っておいて?
 「はぁ?  たまたま見えたんだよ。購買に行くのに通った時…」
 確かに俺のクラスの前を通らないと、購買には行けない。
 「眠かったし。ボーッとしてたら。早く行かないと昼休み終わるって言われて…」
 「そうだったんだ…」
 「佑月も、佑月だよ。食えねぇーっ、なら貰うなよ…」無害な顔して女子から貰うな!
 「…だから。その飴玉って、帰る時に待ち合わせした駅のホームで、瑞生に上げたじゃん?  それに俺は、毎回食えないって、くれる子に言ってるよ…」
 「違うだろ?  何度も言うけど、明らかに佑月に好かれたくて、あげてんだよ! アレは!」
 
 下心ありなんだって!

 「俺が?  何で?  モテるのは、瑞生だろ?」
 
 本気で、言ってんの?
 
 オレが、強引に肩に寄り掛かっている佑月は、オレ以上にモテてる。
 しかも、その事を涼しい顔して全否定してくる。
 コイツは、自分の価値を全く理解してすらいない。
 オレらの通う学校は、古風な感じの学校なクセに風紀や校則が、わりと少し緩い。
 挙げ句、教職員とファッションについて話している生徒もたまに見掛ける。
 学園長も、派手目だし。
 だから割りと他校で聞く生徒と教職員のギスギスした話しは、あまり聞かない。
 まぁ…ぶっ飛び過ぎてる学校とか、たまに言われるけど…
 ジャラッとしたアクセを、普通に身に付けたりする子もいるし。
 ピアスも左右一個ずつのオレは、まだ可愛い方で、かなりの数のピアスホールを開けたヤツや口と耳が鎖で繋がったヤツとか、普通に多く居る。
 
『あの…染みない? その舌ピ?  って言うやつ…初めて、間近で見るかも…』
 
 何ってよく言われることだ…

 佑月にも、言われたっけ?

 まぁ…いい。

 そんな具合で、開けてるヤツの方が珍しくない。
 開けてないヤツもいるけど、それなりにおしゃれなヤツらが大半だと思う。
 髪染めに関しても、厳しくないから美容室に行く度に毎回髪の色が変わるヤツも、居るぐらいだ。
 何かしら個性って言うのか、そう言うのを楽しんで居る中でも、
佑月みたいにピアスもしてなければ、髪も染めてもいないのに…
 普通に制服を着てるだけでも、目立ってて、カッコいいとか…

 ずりぃーっ…
  
 いや…モテることが、別に羨ましいとか、そんなんじゃないけど。
 オレのは、付き合っている相手や、その周りに感じるオーソドックスなヤキモチだ。
 だって、着飾って目立ってモテるだったら。
 普通にしろって言えるけど、着飾ってなくて、素でモテるとか…
 打つ手無しじゃん!
 
 そんなこんなで、毎日色々あって、佑月はオレと付き合っていてオレらは、恋人なんだから…
 気安く喋り掛けんな!  って言う気持ちだけど、学校だから知ってる人以上の素振りもできず。
 牽制の睨みも出来ずで、毎日学校では疲れている。
 それでも、佑月を守るために自分から悪目立ちして、佑月に注意が向かないようにしてる…はずなんだけど、それでも佑月は、オレよりも目立ってカッコいいってことを、佑月は分かってない。

 恋人って言う。これ以上ないぐらいの立場だけど、
 保身的と言うか、オレの恋愛体質やそれをOKしてくれた佑月を、兎に角、考慮して学校では一応、無難な同級生で、お互いを知って居るぐらいな付き合いに止めてる。

 挨拶されれば、返すみたいな…
 居たら話すぐらいな…

 “  学校では、近い雰囲気は、止めよう。今まで通りで…  ”
 
 そう言い出したのって、どっちからだっけ?
 この口調だと、佑月っぽいけど…
 それとも、オレかな?

  どっちだ?

 まぁ…それは、それでいいよ。
 
 問題は、佑月の良すぎる容姿だよ。
 それを見掛ける度にオレは、自信を無くす。
 今一、恋人としての自信が保てなくなる。
 オレだって、それなりに綺麗だとか言われるし。 
 未だに男女とも声は掛けられる。(勿論。恋人が居るからと断っている!)
 そんなオレでも、佑月の容姿には、勝てない。
 格好良すぎて…
 顔も良すぎて、
 直視できない事を、ここまで引き摺るとか…

 付き合い初めのオレは、こんな風になるとは、思ってもみなかった。

 こうやって、隣に居て…
 何気に窓ガラスや鏡に写り混む事が有るけど、その時ですら佑月の顔を、まともに見れない。
 一緒に撮ったであろう写真も、確認も出来ないまま溜まり続けている。

  だから。

 さっきみたいなOL風なオバサンが、オレではなく佑月をチラ見してるのが、無性に腹が立った。
 視線だけで、ドコまで通じるか分からないけど、オレのもんを勝手に見てんじゃねぇーよ。
 って、目線で睨んだら。
 青くなって、別な車両に走ってった。
 そりゃそうだろ?
 手を繋ぐのも、
ハグして良いのも、
それ以上の事、全部して良いのはオレだけだから。
 こう言う風に肩に寄り掛かって、その存在を感じて…
 このツヤツヤした黒い髪に触れられるのも、オレだけでいい。
 鈍感で、無頓着なままで側に居てほしい。
 大体。佑月のヤツ。
 よく周りから良い匂いだとか言われてるらしいけど、それについても…無意識で…
 家にあって、たまたま使ってる香りの良いシャンプーやボディソープには、何の拘りも無くて…
 普通に風呂場に有るのを、ただ使ってるぐらい本当に無頓着。
 そう言う所も、全部含めて知ってんのは、オレだけでいい。
 好き過ぎて、どうしようもないのに目を合わせられない。
 好きって言いたいけど、声が小さくなって佑月の耳に届かない。

 ヤる事ヤってんのに…
 顔見ると緊張でキスも、出来ない。
 
 ホント。
 こう言うのは、稀だ。
 今までにも、付き合ったヤツは居るし真っ先にって言うと、アレだけど…
 その度にキスは、してきた。
 素直に好きも、伝えてきた。

 佑月だけが、例外。
 
 仮にキスしたら。
  
 面と向かって好きだって、伝えられたら。
 
 オレのチッセー理性やらが、ぶっ飛んで…襲う……は、付き合ってんだからおかしいか…
 いや。本人が嫌がってるなら。いくらオレが望んでも、それ事態ダメだよな。
 って、そんな事を、本気で考えている。
 いや…襲うとか、暴走とかアホなヘマはしたくない。
 バカやって、嫌われたくねぇーし。
  かと言って、このまま佑月からのキスを拒むのも、限界がある。
 オレだってしたい。
 この間シた時は、マジでヤバかった。
 オレの前髪が少し長目なのは、ふとした瞬間に佑月の姿を直接、見ないで済む様にって、伸ばし始めたのは、気付いてないよなぁ…
 オレが、佑月をしたいようにしてるなんって、かなりおこがましい。
 どちらかと言うとオレは、相手に合わせるのが、どうも苦手らしく。その一方で佑月は、オレに合わせようと必至に絡んでこようとする。
 縋るみたいに身体を、重ねてくれる。
 離れたくない事の表れか、首や背中に回される腕も指先も…
 絶対にオレの事が、好きだって言われてるようなもんなのに…


 ハッカの飴玉を舌の上で転がす瑞生は、小さく溜め息を吐いた。
 「瑞生?」
 そして、ガリガリとハッカの飴玉を、かじって飲み込んだ。
 「なぁ…やっぱり。甘いの食っていい?」
 ぶっきらぼうって言うか、言い方が、怖いって感じ…
 何に対して怒ってるのか、怒らせるようなことしたかなぁ?
 「って、聞いてる?」
 「…食べれば?」
 俺の肩に寄り掛かったまま瑞生は、カバンのチャックを開けゴソゴソと、さっき俺が上げた飴玉を取り出した。
 指で摘ままれた飴玉は、毒々しぐらいに赤くて俺には、食べられないモノとして目に映った。
 「うっわぁ~っ、甘そう…」
 瑞生は、舌で絡め取るみたいに口に運ぶと静かに笑った。
 「甘っ!!  コレ。佑月は、食えないやつだ。ったく、コレだから佑月を、知らねぇーっヤツは…」
 ハッカ舐めた後に甘いの食べたら。おいしくないんじゃ…
 そんなことを言ったら。瑞生は、ニンマリと笑った。
 「あっ、丁度良い感じ?」
 そう笑う度に見え隠れする舌のピアス。
 
 普段は特に気にしてないけど、何となく気になる。
 シた時…
 特に首とか色々と身体にキスされたり舐められたりするその都度、ピアスの先があたる事に最近になって気が付いた。
 
 もしかしたら。
 わざと俺にも、分かるように当てられてかもしれないけど…
 何で今になって?  って、思われる…
…かもだけど…
 多分。
 今までは、そう言う時に余裕がなかったから。
 誰かと付き合うのは、初めてじゃないし。
 付き合ってきた人は、居る。
 元々の恋愛対象は、女子で。
 普通に恋愛っての?  してきたつもり。
 瑞生と付き合う少し前まで付き合って居た子は、髪が長くて小柄な子だった。
 こんな図体デカい態度もデカいヤツじゃなかった。
 華奢で…
 それこそ変な風に触れでもしたら。
 壊れそうな…
 だから大切に扱おうとし過ぎて、俺が疲れたてしまった。
 なんか…
 大切にし過ぎて、逆に大切に出来なくなっていった。
 当然。別れを切り出したのは俺の方だから。
 それなりに制裁?  ってのは、受けたと思う。
 その女子からのマジで、強烈な平手打ちで、左頬が腫れ口の中を少し切ったらしい。
 その彼女とは、別な学校だったから噂って程にも、噂もされず。
 腫れた頬を見られたくなくて、マスクで登校した次の日の昼休み。
 一人で過ごしてた俺に…
 瑞生の方から声を掛けてきた。

 『どうしたの? ソレ…』

 と、自分の左頬を指差した。
 その時は、まだ親しくもなくて、綺麗な顔の同級生ってぐらいな関係だったけど、声掛けられて悪い気は起きなかった。
 嬉しかった?
 多分、それを悟られたくなくて睨んでいたんだと思う。
 『隣いい?』
 こっちが、いいとか悪いとか言い掛ける前に瑞生は、勝手に俺の右側にわざとらしく座った。
  
 
 そう言えば、オレが佑月を初めて目に出来たのは、そのマスク姿だった。
 オーラって感じの雰囲気に負かされてたのは、勿論。
 佑月を最初から直視できない程に一目惚れしていた自覚は、かなり前からあった。
 佑月の前だけ、小心者のオレは、何を言おうとしてんだろう?
 
 オレの恋愛って…
 小中って幼馴染みレベルな付き合いは、無しって思っている。
 何って言うか、気心知りすぎてるから逆にパスって感じで、恋愛には発展せず。
 まぁ…中には、格好いい子もいたけど…
 所詮は、幼馴染みレベル。
 そこ止まり。
 部活動の延長で他校には、恋愛ごっこレベルな出会いは、あったけど…
 駆引きって感じでもなければ、色っぽいもんも無くて、デート? とか可愛い感じの付き合い。
 その点、高校はある意味寄せ集めではあるけれど、出会いとか繋がりとか拡げれば、好みの子なんってあっという間に見付かったり紹介されたりで、充実してた。
 そんな時、似た雰囲気の名前のヤツが居るよって言われたけど、発音だけで ユヅキと聞き勝手なイメージで、女かと思い込んでいた。
 まぁ…その頃は、他校に付き合ってるヤツもいたし。そんな似たような名前のヤツ ( 女 ) なんって興味ないと無視してた。
 で、そんな状態のオレが、やっと佑月って名前と顔を認識した日。
 オレは、佑月と付き合いたいと思った。
 でも、佑月にはどうしても近付けなくて、人伝にお互いに名前と顔を認識している程度らしいと聞かされた。
 そもそも、佑月も他校に付き合っている女が居るって…
 つまりオレとは、違ってノンケ。
 
 一度だけ、街中歩く佑月と彼女っての見掛けた。
 何か、凄まじくお似合いだった。
 可憐。華奢。小さく可愛らしい。
 全部。オレにはマネできない。

 佑月の右隣は、自分のモノだって言わんばかり引っ付けて…
 
 待ち合わせして、一緒に帰って…

 手を繋いだりして…

 見詰め合ったり。

 遠目に二人が、キスしてたシーンは、何か真後ろから殴られたみたいな強烈な衝撃を受けて、しばらくそこから動けなくなって、思わずその悔しさで泣けた…
 勿論。どす黒い憎い憎悪みたいなモノを相手の彼女に感じた。
 早く言えば、完膚なきままの失恋を味わった。
 オレも、なんかヤバい雰囲気って悟ったら見なきゃいいものを、寄りによって好きなヤツが、キスしてるところとか…
 ない…
 有り得ないだろ?
 オレ的には、始まりもしないで、恋が終わった感覚で、2~3日は、ろくに腹も空かなくて食べられなかった。

 悔しい憤りを、どう気を晴らしていいのかも、初めての事で…
 流し込むみたいに渇いた感情に染み込む水分だけを取り込んで。
  
 それでも、放課後。
 佑月の後を付けるのは、止められなかった。
 自分で自分の傷口に塩を塗り込んでいるようなものなのに、それでも、佑月を見ていないと不安で…

 そんなある日を境に、佑月の隣から彼女の姿が、少しずつ遠退いていった。

 逆にどうした?  って、なったのは、正直に言ってビックリした。
 今でも鮮明に目に浮かぶし。
 ぶっ壊したい光景。
 ワースト上位。

 仲良さげにイチャついて、恋人繋ぎみたいに指を絡めたり。
 いや…あの時点では、恋人か…

 まぁ…見せ付けられた気になっているけど、あれって要は、オレが故意に見ていたに過ぎねぇーし。
 
 取り敢えず全部引っ括めて、悔しかった。
 
 で…あのマスク姿。

 いつも通り過ぎ様とかに見ている佑月の顔。
 周りは気付いてないふうだけど、なんかスゲーっ、顔を腫らしてて…
 マスクで、誤魔化して…
 頬杖ついて、
 喋りづらそうにを、咳払いして風邪引いた風な演技したりしていて…
 ピンときた。

 あの彼女に、殴られたんじゃないのか? って…

 そうすると今までの事が、全て府に落ちた。
 いつもの待ち合わせ場所に行かなくなったこと、会う頻度が少なくなって、今は1人で居ることが多くなってきたこと…

 知り合いでもないのに、気が付けば目で追う佑月の姿。
 こう言うのが好きで、嫌いで…とか、イラついては喜んで、また悔しい思いをする。
 こんなオレの行動バレたら絶対にウザがられて、キモって言われる。
 でも今は、そんな事どうでも良くてチャンスみたいな風に捉えてた。
 そして、あの発言に繋がる。

 
 『どうしたの? ソレ…』

 このどうしたのには、オレから佑月に対する気持ちを込めた。  
 オレは、いつも佑月を見てたよ。
 だから気が付いたんだ。
 
 ……………。

 今、冷静になって改めて考えるとかなりキモいよな…
 2ヶ月前のオレ。


 初めて近くで見た瑞生は、改めて綺麗な顔の子だと唖然とした。
 略初対面の瑞生は、そのまま右隣で購買のパンを食べ始めた。
 揚げパンきな粉にクリームパンにドーナッツと、フルーツオレ…
 どんだけ甘いの好き何だよ。
 目が点になった。
 そんな俺の視線なんって、関係ない風に、でっかい口開けて、豪快にパンを食べる瑞生。
 妙に子供っぽくて、笑いそうになった。
 「?  な…なに?」
 心配気に取り繕う様に笑った口元に何かが、光った。

 ピアスだ。
 舌にピアスしてる…

 『あの…染みない? その舌ピ?  って言うやつ…初めて、間近で見るかも…』
 
 『あっ…今は、染みない。よく邪魔じゃにならないって、聞かれるけど…気になんねぇーし。染みんのは、最初だけだよ』
 『ふ~~ん…』
 『食べねぇーの? そのパン…』
 『えっ…と』
 瑞生は、フルーツ味のゼリー状の飲み物を俺に差し出した。
 『噛め…ないなら。飲めば?』
 確かに口の中を切っていて、噛めてない状態が、続いている。
 『あの…お金…』
 『いや…別に良いよ。パンと交換っな!  人の善意は、ありがたくもらっておけ』
  
 主導権を、持ちたかった訳じゃない。
 ただ。その場に…
 あの女が、居たその右隣にどうしても居たくなった。
 それだけ…
 『何で切ったの?』
 他に話題もなくて、直球に聞くしかなかった。
 だから。佑月もまた直球に答えてきた。
 『女子に殴られたって言えば、通じる?』
 あぁ…
 別れ話か…
 『別れようって言ったら。平手で、殴られた…』
 佑月の…この顔を?
 殴っちゃダメな顔だろ?
 『…えっ…と、何で別れたの?』
 俺から受け取った飲み物を、手に取ってボーッとそれを見詰める佑月の姿が、苦しそうだった。
  
 『…華奢で…変な風に触れでもしたら。壊れそうで…』
 
 コレ。マジな答えだ。

 『…だから大切に扱おうと、し過ぎて疲れた…』

 『疲れた?』恐る恐る聞き返した。

 『足りないって…もっと、大切にされたいんだってさぁ…』

 それ聞いたとき。
 街中て見掛けた佑月と、その彼女の姿が思い浮かんだ。
 端から見ても大事そうに…
 あんな優しそうな目で、見守られてるのに?
 
 オレが、それ見てどんなに羨ましいって思ったか…
 悔しいって気持ちや腹の底から沸き上がる嫉妬心を、どんな思いで押し殺したか…
 
 その女には、分かんねだろうな…

 『ちゃんと好きだって事も、伝えたんだけど…伝わらなかったみたいで…疲れました…』

 佑月が、飲み物を持つ手に力が込められていた。
 多分? 
 間違いなく。
 佑月は、その女が好きだったんだ…
 普通に触れて…
 こうやって考え込むぐらいに、
 大切にし過ぎて……
 
 女の方は、それが当たり前みたいに思ってて…
 足りないって、我が儘まで言って…

 心底、羨ましい。
 妬ましい。

 『で…なんで、瑞生くんが、ここに?』
 『あっ、いや…その…最初…』
 オレなに言おうとしてる?
 『…か、風邪引いてるのかって思ってたけど…なんか、喉が痛いって割には…』
 ヤバい。
 テンパってきた。
 『声が、普通だったし。でも、喋りづらそうで…その…』
 
 ドク。ドク。ドク。ドク。
 
 ドクン。

 っうせぇーっなぁ…
 オレの心臓。
 少しは、黙れよ !!

 あぁーっ、もうーっ

 『佑月! オレと、付き合って!!』

 なんか今、思い出すと…
 オレ。略、初対面のヤツにスゲーこと言ったよな。
 突然、告るとか…
 しかも、佑月からしたら見も知らない同級生ならぬ…
 男からの告白って…
 けど、佑月は避けたり嫌悪感とか、見せてこなくて…
 一瞬、戸惑った風な仕草を見せたけど。
 柔らかく、笑ってくれように見えたから。
 オレは、もっと佑月を好きなれた…
 
 
 瑞生のあの唐突と言うよりも、目がマジな告白の本気度は、今思い出しただけでも、ドキッとする。
 俺も瑞生同様、名前のミズキって発音しか分からなくて、同級生だったか、クラスの子だったかに言われて、初めて遠目にミズキを見掛けた。
 綺麗な顔で…
そりゃ女子が、騒ぐはずだよねって思ったのと…
 ナゼか、妙に何かを焦った。
 
 そう言えば、こんな感覚…
 前にもあった。

 誰かと話しをしながら通り過ぎ様に顔の綺麗な子と擦れ違った的な認識で…
 思わず振り替えったら横顔だけが、チラッと見えた。
 周囲の人目を引き付ける美形な容姿に顔立ち。
 明るい髪色が良く映えていて、その時は淡い紫色の石をあしらったピアスをしていた同級生。

 それも、瑞生だった。
 
 
 今更だけど、ヤってることヤってるけど、この関係って、何だろう。
 恋人で、合ってるんだよな?
 一応、恋人で間違いないよな?
 
 俺は、元々の恋愛対象は女子だから。
 急な瑞生から告白は、ビックリしたと言えばビックリしたけど、不思議とイヤとは、思わなかった。
 お試しの延長に、今の付き合いがあるけど…
 その時の俺は、自分が良いよって言ったら付き合うのか?
 男同士で?
 とか…
 色々、思った。

 ってか、男同士って区切りが、おかしいのか?
 あくまでもだけど。
 恋愛してる上で、男とか女とか…大切か?
 勿論、大事なことだとは思う。
 別に瑞生の気持ちを、非難する訳じゃない。
 正直言って、あの時の俺に気付いてくれた瑞生のことが、嬉しかった。
 励ましてくれた訳でも、同情してくれたわけでもない。
 何か普通で、気取った風でもない。
 どかって座って、パン食いながら隣に居てくれた。
 俺が殴られて、顔腫らして口の中切ってることも知っていたから。
 そうなった理由を聞かれたとき素直に話してしまったのには、俺自身、一番驚いた。
 
 で、なんでそこから告白されたかは、分からないけど…
 
 瑞生からの告白を、断らなかったのは見た目の綺麗さに…は言い方悪いけど…
 墜とされたと言った方が、早いかもしれない。
 
 オレは、お前に気付いてたぞ!
 ちゃんと、見てたぞって感じが何気に嬉しかった。
 
 初対面で告ってくる瑞生も、軽いけど…
 そこを漬け込まれて絆されて…

 『考えてみる』 って、言った俺もまた大概だよな…

 でもまぁ…そう返した時の瑞生のニカッて笑った顔は、綺麗で可愛かった。
 男に可愛い……って、言っていいのか微妙な気がしたけど、素直にそう感じた。
 自分を好きだと、言ってくれる子に少しでも堪えたいって…
 瑞生の姿を見てたら。そう思ってしまった。
 それが、始めて感じた瑞生への想いや印象だった。
 
 告白の返事。
 どうしようか?
 おそらく瑞生は本気で、俺に付き合って欲しいと言ってきたんだ。
 冗談なんかじゃない。それ意外の考えが、思い浮かんでこなくて動揺もした。

 取り敢えず返事を、考えないと…
  
 いや…取り敢えずとか、考えないとかって、おかしくねぇ?
 俺、振ろうとしてる?
 
 返事すんのが、面倒くさいみたいな風に思ってる。
 でも、今までみたいに女子から告白された訳じゃないし。

 その考え方事態が、偏見ってやつなのか?
 たまたま同性から告白された。
 その告白に対して、考えなきゃならないことは…
 感情的になることでもない。
 ましてや嫌悪感を、いだくことでもない。
 告白されたのは、事実で…
 それを俺は、嬉しいと感じた。

 もうそれって、答え出てんじゃねぇ?


 『えっ…と、お試しから。始めるってこと?』

 次の日の放課後、瑞生を昨日の場所に密かに呼び出した俺が、お試しの件を、伝え終わると瑞生は、身を乗り出すみたいに俺に詰め寄った。
 『お試しって、期間とかあるの?  いつまでとか?』
 『特には、でも俺は、お試しって言葉は、曖昧な感じだけど…何って言うか、俺、瑞生のことは、本当に何も知らないから。返事は、必ずする。だから。瑞生のこと知ってからでも、いい?…えっと、伝わったかな?』
 途端に瑞生は、その場にうずくまった。
 『! えっっ、ちょっ…瑞生?』
 俺が、瑞生の肩に触れようとした屈んだ瞬間。
 『…嬉しい。オレ…絶対に振られると思ってたから。返事のこと考えくれたとか、思わなくて…引かれるかなぁっとも、思ってたし。曖昧な返事じゃなくて、良かった……』
 
 少し涙声になってた…

 その時だよな…
 どちらとなく。


 “  学校では、近い雰囲気は、止めよう。今まで通りで…  ”
 
 そうだよな…
 泣きが入るとか、お互いに焦るよな…

 その時、取り決めたことは、以下の通りで継続中だ。

 遣り取りは、スマホのメッセージで。
 待ち合わせ場所は、学校からは少し離れた公園の裏手。
 行き先は、特に無くて…
 話すだけならその場で済ませる。
 部活や委員会で、遅くなる時は、通学で使う最寄りの駅のホーム。
 そこで話していて、偶然同じ路線の同じ駅を利用してたと、知った時は、お互いに笑い合った。
 まぁ…もっとも、その駅からは俺が、バスで瑞生は徒歩やチャリだけど…
 俺の使う路線上の住宅街に住んでいるとか、犬を飼ってるようだとか…
 駅で別れて瑞生が、先に行くのを見送る。
 数十分後、来たバスに乗り込み窓の外を眺めていたら。
 
 “  居た  ”   みたいな?
 “  ここが、家なんだ  ”  みたいな?
 帰ってきた瑞生に喜んでいるのか、庭先で犬がシッポを振って出迎えている姿を目にしたとき、少しだけ吹いた。

 で、少し冷静になる俺。
 今のは、見なかったことにしようか…
 でも、なんか…
 可愛い。って、満更じゃねぇーわって、思う自分も居て複雑かなとか、考えだけど…
 有りかもと、納得したのにはビックリした。
 何だろう。
 意外な一面を見たような…
 発見したような?
 こう言う顔もするんだって、嬉しくなった。
 驚くぐらい自分の中で、瑞生の存在が日々増していく……?
 気になる存在。
 何って笑っていたけど、それから直ぐに用事があるからとか言いくるめられて、自宅に連れ込まれて……今の関係になったのは、俺にも落ち度があるわなぁ…
 そこからは、ズルズルと今に至るけど、一度の関係が、なし崩し的になるとはよく言ったもので、望まれたから断りきれなくなった…ての言葉も変だ。
 別に、流され過ぎた訳じゃねぇーし。 
 その後、返事して直ぐに付き合うことにもなったし…
 瑞生にとっては、これ以上ないぐらいな出来事だったのかな?
 そして、そこから俺の悩みが加速した。
 瑞生に好きと、言われない件と
 キスしてこない件だ。
 俺は、ハッキリと好きだと伝えている。
 キスもしようとした。

 玉砕されたけど…
 
 秋も深まり掛けたこの季節。
 電車の外も、紅く黄色く葉が色付き始めてきた。
 
 ガタンゴトンと揺れる車内と本当に寝てるのか、狸寝入りか…
 目を閉じて俺に寄り掛かる瑞生を見ていた俺も、またいつの間にか、寝入ってしまっていた。
 起きた時には、俺と瑞生の降りる駅は等に過ぎていて…
 「ここドコ?」
 慌ててスマホの位置情報で見ると終点に近い事が判明。
 急いで、瑞生を揺り起こす。
 寝惚けた風に目を擦り。何を思ったか俺に抱き付いてくる。
 「瑞生! 寝惚けんな! 起きろ !!」
 俺の大声にビビるように目を覚まし俺同様にドコ? と、だけ口にした瑞生に…
 「終点の手前の駅だって…」
 「マジで?  って、なんで佑月も、寝てんだよ!」
 「知らねぇーよ!」
 まさか、瑞生が無防備に俺の肩に寝コケるとか、思わなくて…
 安心してしまったみたいな?
 いや…
 けして甘えてこないとか、そんなんじゃないし。
 寧ろ俺よりも、甘えてくる率は、多いし。
 多いか?
 それこそ甘えられて絆されて…ズルズルって、多くねぇ?

 人目を割けて俺に甘えてくる瑞生は、それでも俺に好きだとは言ってこない。
 悔しいって、言うか…
 複雑な気持ちになる。
 「取り敢えず。次で降りよう」
 普通にと言うか、当たり前の様に俺は、瑞生に手を引かれた。
 こう言う事が、自然に出来る瑞生は、本当にズルい。
 何でもやることが様になって、格好良くて…
 この堂々と歩く姿だけでも、説得力があるから。
 まばらな人影でさえ、サァーッと、波が引くみたいに道の真ん中が空いていく。
 見知らぬ駅の改札を出て駅員に確認する。(勿論、運賃は、払った!)
 「そちらの方面になりますと、20分後に来る列車が、最終となりますね。大丈夫ですか?」
 で、そのまま略無人なホームに戻る俺と瑞生は、椅子に腰掛けた。
 「なんか俺が、起きてなかったから。迷惑掛けて、こんな風になってゴメン」
 「いや。別に迷惑とか言ってねぇーし」
 一緒に居れて、ラッキーみたいな?
 どさくさに紛れて腕を掴んでいた手が、佑月の右手を繋ぎたくて仕方がない。
 離したら腕を引っ込められそうで、そしたら多分。きっと今日は、触れられないと思う。
 オレって、ここぞって時の度胸が、微妙だよな…
 離したくないけど、こう言うのってさぁ…
 ずっと、握ってられるわけないし。
 「瑞生どうした?」
 どうって、手を繋ぎたいとか…小学生じゃあるまいし。
 小学生よりも、オレ、ヘタレ?
 いや。オレ普通にヤバいヤツじゃん。

 ホームの椅子に座った直後からソワソワして、俺の掴んだ右腕を強く握ったり力を弱めたり。
 分かりやすい性格って、言ったら俺は、瑞生に何って思われるのかなぁ…
 嫌われては、ないと思うけど…
 好き言われないことも、キスされない理由も、この握られたままでいる。
 このどっち付かずな瑞生の手と同様なのかもしれない。
 「…もしかしてさぁ…瑞生?」
 「…………」
 「手とか繋ぐ?  見てるような人も居ないし」
 ヒラッと瑞生の腕を返して、この際だからと恋人繋ぎみたいに俺からしてみせると…

 オレ。
 手汗かいてねぇー?
 グショってなる。
 佑月のヤツ引かねぇーの?
 何でもいいからリアクションしてくれねぇ?
 オレの左側って、こんなに熱かったっけ?
 息苦しい。
 オレ…こんなんで佑月と恋人とか、付き合ってるって言えんの?
 「なぁ…瑞生? 挙動不審に見えるけど…」
 「あ…あの…」
 「…俺と、そんなに手を繋ぎたくない?」
 手汗で、嫌われた?
 「目も合わせてくれない。顔も見てくれない。キスもしてくれない。何か俺、瑞生に嫌われてる?  付き合ってるって、思い上がってるだけで、実は俺、瑞生のセフレとか?  もしそうなら。無理して、一緒に居ることないし。単なる同級生って感じ?……あっ、でも、付き合いが解消されても、特に何も、変わらないのかなぁ?」
 席を開けて、座ろうとした佑月にオレは、後ろから背中に抱き付いた。
 「違う!」
 脇腹に食い込むんじゃないかってぐらいの力で、抱き付かれた。 
 「好きなんだって、好き過ぎて顔も見れないんだって…」
 馬鹿力ってぐらいの両腕を、引き離す様に俺は、後ろを振り向いた。
 目に写るのは、耳まで真っ赤で俯く瑞生の姿。
 そんな顔に俺は、恐る恐る右手で瑞生の頬に軽く触れた。
 身体を畏縮させるようになるのを、見逃さずに俺は、静かに…
 逃げられない距離に縮めて顔を近付けた。
 勿論、両腕は掴んでいる。
 「瑞生。逃げられるものなら。逃げてみろ…」
 ビックと顔を上げる瑞生に俺は、キスしていいかと訪ねる。
 「えっと…」
 付き合ってだいぶ経つけど、初めて目が合って、初めて瑞生は、俺の目を見てくれた。
 嬉しすぎて、瑞生の答え聞く前に思わずキスしてしまったのは、今までの分だから。
 許して欲しい。
 

 …って、
 「キレイに終われそうなのに…何で、グズグズって泣いてんの?」
 今度は、俺が右手で瑞生の手を引くようにして、今から来る最終列車をホームで待っている。
 取り敢えず。
 日付が変わる前には、家に帰れそうだけど…
 駅に着いたら。
 瑞生を送ってくかぁ…
 「…何だよ…この立場逆転は…」
 涙声で、言われても説得力無し。
 「たまには、いいんじゃないの?」
 「ったく!  佑月は、謎にカッコ良すぎんだよ!」
 目が合うと、目は反らさなくなったけど…
 「泣くなって…」
 ハンカチを渡すけど、
    「こんな…ぐちゃぐちゃな顔…佑月のハンカチで…拭けるかよ…」
 どんな理屈だよ?
 「あのなぁ~っ、ハンカチは拭う為にあるんだよ!」
 瑞生の手からハンカチを、奪うと俺は、瑞生の涙を拭き上げた。
 本人の納得いかない顔は、置いといて…
 本当に瑞生の顔は、何って言うか、綺麗で…
 今日は、何だか特別に可愛い顔をしているように見えた。
 「瑞生…」
 「なにぃ…」
 「たまには、こうやって手を繋いで帰ろっか?」
 「あ゛ぁぁもう、そう言うカッコ良いこと、ばっか言うな!」
 …と、嬉しそうに瑞生は、言った。
  
 
 
                                終わり。