新しい1年がはじまりました。
今年も年賀状をいただきました。
学生時代は、広く浅く多くの人に出しました。
今は、本当に出したい人だけにしているのですが、その中でも特に私の人生の
半分以上も長い間、出させていただいている人がいます。
学校の先生だった方なのですが、小学校1年生の時の校長先生です。
校長先生。
って、何かつながりありますか?
普通公立だと、朝礼と入学式、卒業式くらいしか接点ありませんよね。
もちろん、その校長先生もそのくらいしか接点ないのですが、とにかく生徒に
大人気でした。
昼休みは、必ず私たち児童のなかに入って大縄跳びを一緒に飛んでくれました。
当時私の小学校は出来たての新設校で、まだ3年目くらい。
山を切り開いた街もできたてで、何もかもまっさらな街でした。
この校長先生は、とにかくこの私の街づくりにとても力を注いで下さった方です。
ただ、私が入学した年が定年だったので、たった1年のお付き合いでした。
定年で学校を去られる時は、在校生全員で体育館から運動場を通って、門の外まで
花道を作り、校長先生をお見送りした覚えがあります。
この光景は、当時でも珍しかったらしく地元の新聞にこの時の様子が写真付きで
紹介されました。
年賀状を出しても、1枚1枚手書きで返事を下さる。
干支の絵もご自分でデザインされてて、ガリ版刷り。
この絵見たさに、校長先生を退職されても毎年せっせと出してました。
5年前に「もう年で年賀状を出すのはつらくなってきたので、今年で最後に
させていただきます」という引退宣言の挨拶をもらいました。
その後も毎年こちらからは出していたのですが、去年1月の終わりごろに、見覚えのない
名前の女性からはがきをいただきました。
校長先生の奥さんからでした。
亡くなられて3年たったそうでした。
かなりのご高齢だったので、毎年体調を心配していましたが、ついにこの時が
来たのかと、涙が出ました。
その後、奥さんとお手紙のやり取りをして、お電話でもお話をすることができました。
当時よく遊んでくださった大縄跳びの話をすると、校長先生は実はものすごく
運動音痴で、外遊びをするなんて想像つかないわと裏話も聞けました。
来年からは、私が主人の代わりに主人と連名で年賀状ださせてもらいますね。
と言って下さいました。
そんな事言ってもらえるなんて思いもよらなかった。
人との出会いは大切にしたいと思います。
出しても返信こないとわかっていても続けていた年賀状。
まさか、こんな素敵な展開が待っていたとは。
素敵な先生の奥さんは、もっと素敵な方でした。