「表面だけ掬いとって、後の中身は興味なし。そんないい加減な扱いばかりで、何が調子に乗っている?黙っているだけで許されていいね?馬鹿にしないで。私がここまでやってきたのは、歯を食いしばって、泥だらけになりながら、それでも諦めずにやってきたからよ。なのに、どうして私の邪魔をするの?私は誰の邪魔もしていないわ。なのに、どうして私だけ?何もかも私が望むものを持っているのに、私の邪魔をするの?」
 ぼんやりとしたロウソクの灯りに照らされた彼女は、寂しげに笑った。
 黄金比の美しい顔に柔らかな曲線を持つバランスのいい体。
 よく出来た顔だな、と蘭は思った。
 美を求めた結果破滅する話はよくある話だ。でも、自分の美を疎ましく思っている話はあまり無いように思える。いや、目の前の彼女だって本当はそう思ってないのかもしれない。人の心は分からないものだ。
「…私には、分からないわ。だって、あなたは本当に綺麗だし、目立つし、才能だって、人を惹きつける力だってあるし。」
 それに何より、そうやって憂いている姿さえ絵になる。
「私はね、そんな自分にうんざりするの。だって、皆が出来る事が出来なくて、出来ない事が出来るだなんて、どうやって日常を送ればいい訳?私は平穏無事な日々を送りたいだけよ。」
 ジジっとロウソクが揺れる。彼女は苦笑を浮かべた。
「信じられないでしょ?私がこんな風に思っているなんて。でもね、これが私の人生の結果なの。誰にも否定されたくない。私しか分からない痛みなのよ。」
「だったら、だったら私はなんなのよ?ずっと一緒に居て、笑って泣いて、それでも私はあなたの表面だけしか見てないと?」
「そんな事言っていないじゃない。私はただ、私の事を邪魔者扱いして、追い出してきた連中の事を言っているのよ。私はただ、生きる為に表現したいだけなのに、舞台でしか生きられないから居るだけなのに、なんで邪魔されないといけない訳?訳分からない」
 その言葉に蘭は彼女をじっと見つめた。
「私にもはっきり分からないわ。でも、分かる事もある。怖いのよ。自分が一瞬で下がっていくのが。砂の城のクイーンから落ちていくのが。あなたはもっと大きな世界で輝くべき人なのよ。」
「そんなの知らないわ!私が何処に居ようとも私の勝手じゃない!私はただ、静かに自分らしく生きたいだけよ。」
「でも、ここはあなたには狭すぎる。だから皆、自分の場所を守る為、必死であなたを追い出そうとするのよ。そう、無意識に」
「じゃあ私はどうしたらいいの?これ以上何を諦めろと?皆、勝手なのよ。私は充分皆の望む私を演じた。私は何処にいるの?何をやれば許される?」
 ロウソクが風で消えた。辺りは真っ暗闇。
 蘭は彼女の居るはずの場所を見つめたまま息を飲み込んだ。
 美、とは何なのか。
 祝福か呪縛か。
 彼女の美しい姿を思いながら蘭は何故だか急に悲しくなって泣いた。声をあげて泣いた。
 私は彼女に何を言うべきなのか…
 それすら分からない己の無力さが苦しかった。
「あなたが泣く事じゃないじゃない。」
 暗闇の向こうから彼女の声が聴こえてくる。
 ああ、世界が暗闇に閉ざされていたら?音すらない世界だったら?
 美とはなんと無力なものなんだろう。
 それなのに、見えない彼女は圧倒的に美しかった。
 蘭は怖くなってそこから逃げ出した。逃げて逃げて、何処までも逃げた。
 何処に行くのか分からない。それでも逃げた。逃げる事しか出来なかった。
 向き合うのが怖かった?そうかもしれない。圧倒的な美を前に己の無力さを思い知らされたから。
「だって、どうしようもないじゃない。私はあなたじゃない。」
 きっと皆そうなんだ。彼女の美しさが怖いから離れていくんだ。だから
「だから私は悪くない」