おはようございます。
自分を責めてはいけないし、相手も責めて効果はないですが、
やはり何とかしたいと思うと、どこが問題なのか・考えてしまいます。
ひとつ、思ったのが、
できることと・したいこと・理想のギャップが、激しすぎないか・
頭で描いていることが・非現実的な、きらびやかなことになっていないか。・
ある意味、WTは、世の中を批判して、敵視しますが、すごく世の中の悪い点そのものだったりします。
組織信仰・・・・ 会社や仕事、学校、部活でも同様なことがあります。
情報制限・・・・ 独占したい、束縛したいと思うと、根拠もなく、自分たち以外を否定している
という事、実際みうけられます。
「私たちは○○だけど、あの人たち××よね~」など、といって、見な
いほうがいい とかいうことあります。
心理的圧迫・・・ やめたら酷いことになる、というのも、あります。
そんな中で頑張っているので、程度の差こそあれ、こういったことは、世の中のそのものの中にある、問題点だと思いますと同時に、
ある程度、(この程度が難しい)許されるものでもあると思います。
残念なのは、JWが、この世の頑張っている猛烈社員と、実態はあまり変わらないということに気がついてなく、中身で考えるのでなくて、
名前で、私たちは違う・・・おんなじことやってるのに、Jとつけば、これは特別で神聖なものと感じているからと、その手を緩めないで苦しんでいる、自分を結果、苦しませていることに気がついていない事が残念です。
では、夫である私自身に、現実と理想のギャップで、頑張りすぎたりペースを崩してはいなかったか。。
私は、仕事に対して、家庭に対して、やはり
、「こうあるべき」
が、強かったこと、それがこの事態を招いた一因でもあると思っています。
じゃ、どうする流れが、それを食い止めるかと考えたとき、
たとえば、非JWの立場で、じゃ~JWでもいいっか、と、、
月並みですが、やはり批判したり、私たちなりの「こうあるべき」を展開しないこと、
このことが大事なのでは?・・・
いい意味で、「ちゃらんぽらん」というのは、いいすぎですが、「適度」「適当」なことを
やろうーと思ってみました。
ただ、この程度というのが、難しいですが、
今と、過去にわたって、余裕をもってできたこと、無理せずできたことを考えてみます。
その中で、1つづつ、時間に余裕もって、スケジュールしてみる。
まずは、自身も、相手も、月並みではありますが、ありのままを認める。
そこから、ちゃらんぽらんを、いい意味でめざす。自分の中のルーティーンを作って、できるだけ、仕事も、家庭も、子育ても、キチキチにならないように、無理しないようにする。
などと、朝から、起きて、考えてしまいました。