2013年06月27日PM4:00頃
祖母・美代子 逝去 享年87歳
祖母は何年か前から認知症にかかり、とある病気を患い、ずっと入院の身となっていた。
それからというもの、病気は一向に良くならず悪化の一途をたどり、一時は危篤状態になったことも・・・。
挙句、管で繋がれ延命措置を余儀なくされる始末。
これはもう、”生きている”というよりも”生きさせられてる”といった状態に他ならない。
延命措置とはいえ、所詮は応急処置。これでずっと生き長らえてられるわけではない。
「そう遠くないうちに”その時”がやってくる」・・・家族は皆、その覚悟はできていた。
21日、家に「祖母はもってあと一ヵ月」という一報が入る。
俺はその頃、東京へ行っていたので、それを知ったのは帰ってきてからだった。
25日、危篤の一報を知り、親父(亡くなったのは父方の祖母)はすぐさま鳥取の実家へと帰郷する。
そして・・・
昨日27日PM4:00頃、祖母・・・逝く。
余命を告げられて僅か6日後の事だった。
・・・祖母は苦しみながら死んでいったそうだ。
というのも、親父たちは祖母が危篤となって以降、「もう治療はしなくていい」と医者に言ったらしいのだ。
決して安楽死などではない・・・むしろ逆だ。
一見、見殺しにしたみたいだが、それは・・・
数年前から認知症とある病気を患い、管に繋がれることによる延命措置を施され、生きてるのか死んでるのか分からない意識朦朧とした地獄のような毎日を送る祖母を・・・「もう楽にしてあげよう」という、彼らなりの”想い”があったからではないだろうか。
葬儀は明日、姉貴と兄貴が葬儀に参列するため鳥取へと向かい、俺は体の不自由な母さんの世話の為、家で留守番(+仕事)だ。
親父は今どうしているだろうか。
普段は人前では絶対涙など流さない親父だが、前々から覚悟はできていたとはいえど、やはりいざその時が来たとなれば、きっと悲しんでいるに違いない。
親父が帰ってきたとき、俺はなんて声を掛けたらいいのか?いつも通りに振舞っておけばいいのか?
こんな経験、28年も生きてきて一度もねぇよ・・・困ったなぁ。。
正直、こんな内容の記事にミュージックビデオを付けるなんて不謹慎な気がする。
しかし、敢えて自身のブログのコンセプトに沿って書くならこの曲しかないなと思い、選曲した。
祖母との思い出・・・悲しい事に、殆んどありはしない。
というか、ただ単に覚えていないだけなのかも。
俺が小2か小3以来、祖母の家には泊まりに行ってはおらず、小6の年末年始に家に祖母が泊まりに来た時が最後、以来約17年間一度も会っていない。
なんでもっと会いに行ってあげられなかったのか・・・なんでもっと思い出を作っておかなかったのか・・・
なんで・・・
祖母が旅立った頃、俺はその日観た映画の余韻に浸っていた。
そして今は、「○○だで」という方言を話す祖母の声が何度も何度も脳裏をよぎる。
おばあちゃん・・・
ありがとう。
さよなら。
そして・・・お疲れ様でした。
ゆっくりと安らかに眠ってな。
~孫のSeijiより~