こんばんは
あの日から
10年。
その言葉が
あちらこちらで
聞かれるようになって
あぁ、そんなに経つのか
と思う
思い出せば
311の前の年の夏に
父が亡くなり
311の翌年の3月に
旦那が亡くなり
震災に合わせて
身近な暮らしが
大きく変化した
激動の時期だった
確かに
福島の方の事も
関連してこの地域であった
諸々の事も
もちろん覚えてはいるけれど
10年の節目で
改めて
ゆっくり
色んな映像をYouTubeなんかで
見た
当時の人たちの話
その風景
一連の惨劇
苦しくて
どの映像も話も
最後まで
聞くことが
見ることが出来ない
3/11の後から
私もだいぶ変化した
防災に関して
無頓着だった私が
備えている事が増えた
食料品、水、乾物類
卓上コンロとボンベ
医薬品、わんこ達の食料、トイレシート
トイレットペーパー、ティッシュペーパー
サランラップ類、生理用品
簡易トイレ、水を入れる容器(給水のため)
ソーラ式の充電器(子供達にも、持たせている)
大容量の充電器、ランタン等の灯り、
車の中にも
携帯しているもの増え
ペットボトルは必ず
飴などの糖分になるもの。
ガソリンは常に満タン近くしておく
持ち歩いているバックの中にも
充電器とポカリスエットの粉末
どんな準備をしても
どこで、
被災するか分からないので
意味あるのか
不明ではあるが。
それから、
防災とは別のことだが
旦那の亡くなった年から
健康診断も
しっかり受け
持病の喘息も
治療していなかったけれど
主治医を決め
1日たりとも
薬はサボらず、
体調日記をつけている
ある日突然
なんの前触れもなく
自分の意思とは裏腹に
一瞬にして
全てが終わる可能性がある
終わりは本当に
その瞬間で、バンっと
スイッチを切ったように終わる
当たり前だけど
2人の死と
311によって
思い知らされたのだ
身の回りは
常に出来るだけ整えておく
散らかったままにしない
出かける時には
家の中は綺麗に整えてあること
帰宅時に
ホッと寛げるだけでなく
出先で自分が、
帰らぬ人になるかも知れない
その時に
キチンと整理されてあれば
残された子供達も
慌てないだろうし
そんな事態の時に
散らかった部屋に帰らせたくない
そう、思うから
仕事に出る前にも
ランチに出かける時も
キッチンを整え
流しも拭きあげておく
部屋は掃除機をかけ
トイレも、玄関も掃除する
ベランダも掃いて整える
10年前のあの頃の出来事が
いい加減だった
私を、私の暮らしを
整えてくれたと思う
そんな変化があったからこそ
子供達のそれぞれの
激動に対応してこれたし
自分の心臓の病にも対応出来たと思う
この10年は
私の人生の中でも
もっとも、大事な出来事が
重なった時期だった
失ったものは
本当に大きく
替え難いものばかり
それでも、
ずいぶん力強く歩いて来た
ずいぶん強くなったと思う
そうなる経験を
たくさん積んだのだ
もうしばらくすれば
コロナも終息して
落ち着いてくるでしょう
それでもまた、
何が起こるかわからないけれど
多様に準備をして
深傷を負わずに
早く立ち直れるように
備えている日々に
なっていると信じたい
自分も世の中も
311からの10年になるという事で
今日は随分、
色んな想いが、、、溢れている
笑顔で愉しく
過ごしていても
常に準備をし続けよう
その次の日にも、
笑顔でいられるために
さて、
明日からまた
一週間が始まる
不安や心配ごとはあるけど
愉しい事も
きっとあるはず
祈りはコロナを越えて
10年の時をも越えていく!