今回は『12』について…


『12』は生活に良く出てくる数字です。


時計も『12』だし、月も『12』、
干支も『12』だし、1ダースも『12』


一方『10』はどうだろう?


特別意味のある数値ではないように思える。


思いついても、それは『10進法を使っている』
という理由からくるものがほとんどでしょう。


何故10進法が定着しているのでしょう??


『10じゃなくて12だったらめんどくさいから』
と思ってしまった人は『○進法』という概念を
どこかで、見てきてください。


そもそも何故、時間の概念は『12』という数字を使うのか?


それは、単純に『調べたらそうだったから』という理由になります。


古代(バビロニアかエジプト)の天文学者が、
月と太陽の動きを調べていたら、『12』と『60』
にぶつかったというだけの話です。


また、『12』と『60』はその数字の性質上、
かなり便利な数値と言えます。


数学的には、『高度合成数』、『ベル数』、
『ハーシャッド数』とか言うらしいですが、
要は約数が多いということです。


例えば10は3で割り切れません。

12は2,3,4,6で割り切れます。


これは、特に古代では、かなり便利なことです。

12進法なら1/3は0.4となります。


干支に使われているという時点で、方角にも使われ、
天文学から来ているのであれば、占星術にも使われます。


オリュンポスも12神、使徒も12人、
古今東西『12』という数字をキーにして、
時代は動いています。


12は神格化された数字と言えます。


言うなれば、下1桁の数値で、

10パターンに分割しているような占いは、

全てインチキと言えるでしょう。


更に1ダースは12で、12ダースは1グロス。


グロス(Gross)は、『全部、全体』という意味になります。


要は、12×12が全てを表すって事です。



ここでもう一度…


何故10進法なのか??


有力説では、『指が10本だから』
要は数えやすいって事らしいのですが


理由として弱いとは思いませんか??



指折って数を数えることなんて
大人ならめったにないです。




そう…



これは陰謀です。



誰の??




『12を使われるとまずい人たち』のです。



次回は各数字の持つ意味から、
続きを書きます。

『12』の話の前に本業の話をひとつ…


現在世の中には様々な相場分析法があります。


ファンダメンタル分析テクニカル分析
その2大勢力となっています。


ファンダメンタルは株で言えばROEとか、
雇用統計の数値とかが株価にどう反映するかを
考えて売買する方法で、


テクニカルは移動平均線とかMACDとかで、
売り場買い場を決めるという方法です。


これを踏まえて、皆さんは『パターン分析』って
聞いたことありますか??


パターン分析とは、チャートに現れるパターンから
次の動きを予測する手法のことです。


有名どこでは、『ダブルトップ』『ダブルボトム』
『トレンドライン』『レジスタンスライン』等で売買を決めます。


広義のパターン分析では、『大陽線』、『大陰線』
なども含まれるようです。


さて、パターン分析とは本当に有効なものなのでしょうか??

考えてみましょう。


まず、『相場が何故上げ下げするのか?』というところから。


簡単です。


『買う人が売る人より多ければ上がって、
売る人が買う人より方が多ければ下がる。』


ここは納得してもらえると思います。


この大前提を踏まえたうえで、

『相場の動く理由』には3つの考え方があります。


1.ファンダメンタル
2.テクニカル
3.ランダムウォーク


1はその通りファンダメンタルな要因があって、
相場が動くという考え方。

2はテクニカル(代表例は乖離率)要因で、
相場が動くという考え方。

3は相場はデタラメ、適当に動いているという考え方。


どれも、パッとしないと思います。


どれも正しく、どれも正しくない。


1は、例えば、価格に影響を与えるであろう統計指標が発表された時に
『思ったほど価格が動かない』とか、『逆の動きをした』
なんてことがあると思います。
そんな時、もう織り込み済みだったとか、別の要素を引き合いに
出したりします。この時点でダメ。


2の時、私はテクニカル派ですが、この場合の
テクニカルって考え方が良く分からないです。
そもそも指標がいっぱいあるし、順張りも逆張りもある。
そりゃ何らかの指標はヒットするでしょう。


3は確かにそう思えるけどそれを言ったらオシマイ。
最低限、なんか要因があって動くが結果ランダムに見える。
でも、1つの理論でカバーするならこれしかない。


ここまで踏まえた上で、本題のパターン分析…


まず、パターン分析は、テクニカルの一部であるという考え方があります。


もっと言えばパターン分析はテクニカル分析の基礎であるという人もいます。


この考えは賛成です。


テクニカルとパターンの関係は…


jamiroのブログ



こんな感じです。


要はさっきの2の考えが、

『パターンという分野に絞って実際の相場に通用するのか?』

ということです。



結論…


『通用すると言わざるを得ない』って感じです。


理由は2つ

まず、このパターン分析という考えは、


『頭のいい人が考えたから穴がない!!』


パターン分析を批判する人は良く
パターン分析は後付けだと言います。


正直私もそう思いますが、パターン分析にはこれをかわせる様な
例外パターンが幾つもあります。


また、パターン分析の基本、例えばトレンドラインや
特定のフォーメーションなどはどんなチャートにも
必ず当てはまってしまうものです。


下のチャートを見てください。



jamiroのブログ

5分足のチャートです。


これをパターン分析っぽく分析すると、


jamiroのブログ

Aでダブルトップ完成で下降トレンドへ
Bでレジスタンスラインブレイクで上昇
Cでヘッドアンドショルダートップ完成で下落
DでN型波動通りの下落幅

って感じになります。


しかしこのチャートはRAND関数を使った
適当なチャートです。


いわば、ランダムウォークということです。


それでも、当たっているように見える…。


穴がないからです。


チャートのバーの本数がある程度あれば、
必ずあるパターンに当てはまります。


『無限の猿定理』という話を聞いたことがありますか?


無限の猿定理は、ランダムに文字列を作り続ければ、
どんな文字列もいつかはできあがるという事実を
比喩的に表現したもので、猿がタイプライターの鍵盤を
いつまでもランダムに叩きつづければ、
例えばシェイクスピアの作品を打ち出すとするもの。
(wikipedia)


要は適当にアルファベットを叩いていても、
例えば『おはよう』(ohayou)という文字列は、
アルファベット26文字の6文字で6乗、
308,915,776分の1の確率で起こるというわけです。


確率が低くても、無限にやっていればいつかは
起こるということです。


パターン分析で言えばそんな低い確率でなく、
特定のパターン(又はその類似型)が出現します。


だから、パターン分析は過去に対しては、
ほぼ完璧と言えます。


未来に対しても、まず結局は上がるか下がるかの2択ですし、
外してもダマシとか、フィルターをかければ、
という話になります。


後付けがホントにうまいです。


占い師の占いが当たっている気がするのと
おんなじ原理です。



そして2つ目の理由…


こっちがむしろメインなのですが、
相場に参加している人のほとんどが
多かれ少なかれパターン分析を知っているからです。


皆がパターン分析があるということを知っていて
そういった価格やラインを意識していることで、
本当にそういった相場展開になるということです。


簡単なところで『新高値更新』を例にします。


相場が過去の最高値付近に近づいた時

皆がその価格を意識します。


『最高値のレジスタンスで跳ね返されるのでは?』とか
『ブレイクすると上がりそうだから今の内に仕込むか?』
等の思惑が飛び交います。


そこで、いざ新高値を更新した時、
多くの人が『レジスタンスを超えたから上がる』
という発想の下、一斉に買いに来ます。


上がったところで、パーセントや時間でフィルターを
かけている人も買いに来ます。


相場はさらに上がります。


結果、レジスタンスのブレイクで、
ホントに値段があがったことになります。


最高値更新の時のように、その価格を意識する人が
多ければ多いほど、こういった現象が起きます。


ニワトリとタマゴみたいですが、
こういった理由でパターン分析は有用と言えるでしょう。


知らない人もチャートにラインくらいは
引けるようになった方がいいと思います。


最後に今までの話を踏まえた上で…



『パターン分析はインチキです!!』






前回のつづき…


哲学的ゾンビの話。


前回までは、クオリアの逆転、
つまり、同じ刺激に対して、
皆に同じクオリアが伴うワケではない。
という可能性に言及しましたが、


今回は『クオリアが全くなかったら??』
という話です。


この『クオリアを全く持たず、しかしながら、感情表現はできる』
という存在…


それが哲学的ゾンビです。


さて、ややこしいので例題を…


ここに2人の人間らしき人

『小杉君』と『吉田君』がいます。


そして二人は何やら喧嘩をしています。


一方的に怒鳴り、まくし立てる小杉君…


ただ「うんうん」とうなずく吉田君…


小杉君が挑発しても、吉田君は乗ってきません。


小杉「感情どこいったんや~!」


…。


さて、どちらかは哲学的ゾンビです。


どっちでしょう???



正解は…


『どっちかわからない!』になります。


なぜか??


哲学的ゾンビというのは、
クオリアがないだけで、普通の人間の様に
振舞います。


怒るし、泣くし、笑います。


ただそこには、その感情表現に伴う
イライラすることや、悲しいという気持ち、
面白いと感じることが無いのです。


上記の例だと、小杉君は怒ってるが心、脳の中では、
全く何の感情もないかもしれないし、
吉田君は冷静に聞いている落ち着いた人間なのかもしれないし、
その振りをした哲学的ゾンビかもしれないのです。


ただ、この哲学的ゾンビは、
存在しないだろうと考えられるのが
普通みたいです。


まあいたら怖いですからね…


最後に哲学的ゾンビからの派生論点が
ウィキにのってたので紹介しときます。



神様が世界を作ったとする。


神様は、この世界にどういう種類の粒子が存在し、
かつそれらが互いにどう相互作用するか、
そうした事をすべて定め終わったとする。


さて、これで神様の仕事は終わりだろうか?


いや、そうではない。


神様にはまだやるべき仕事が残されている。


神様はある状態にある感覚が伴うよう定める仕事をしなければならない。



こういった視点に立つと、
クオリアこそ人間であることの
証明なのかもしれませんね。


通常、無意識のなかで自然と感じている
クオリアですが、ちょっと意識してみると
おもしろいかもしれませんね。



次回は『12』についてのお話…