エマオのブログ

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おはようございます、エマオです。
私の教会では、新改訳の聖書を使っていますが、家に有る日めくりは、
共同訳です。共同訳は、とても心に染みる様な、気がします。
神様の思いが伝わるような気がします。
キリスとの教会が、一つとなるために、プロテスタントとカトリックが、共同で作った聖書を、どうしてすべての教会で使わないのでしょうか?
日めくりカレンダーの中に、こんな御言葉が有りました。

【新共同訳】
詩 37:23 主は人の一歩一歩を定め/御旨にかなう道を備えてくださる。

この御言葉を、見た時、私の人生の考え方が変わりました。
神様は、私の、一歩一歩を定めておられるのか、私が歩む一歩一歩の人生は、もうすでに、神様によって、定められているという事を知りました。
今まで、自分の考えで人生の色々な事を選択し、歩んできた様に思っていましたが、神様が私にとって一番良い歩みを選択するように、導いて下さっていたのだと、思い知らされました。
ただし、私にとって一番良い歩みとは、私にとって良い事ばかりと言う意味ではありません。私のかたくなな心を砕くための試練、高ぶりを取り除くための試練、私の心を試すための試練、色々なこころみにあいますが、
試練にあっている時は、とても辛かったり、苦しかったり、悲しかったり、しますが、すべては、私が成長して神様の御旨にかなう者となるために、
また、神の働きをする為に、必要な試練であり、神の祝福なのだと言う事をこの御言葉によって理解できたのです。
もはや、私は神によって生かされている存在です。

ちなみに、口語訳は共同訳と同じ意味でしたが、新改訳では、同じ意味にはなっていませんでした。

【新改訳改訂第3版】
詩 37:23 人の歩みは【主】によって確かにされる。主はその人の道を喜ばれる。
【口語訳】
詩 37:23 人の歩みは主によって定められる。主はその行く道を喜ばれる。

神様の大いなる計画の中に生かされている事を、神に感謝します。
エマオ