江戸や明治といった時代から、実に刺青は日本にあるのだ。
その時代では、以下のように語られている。
ほりもの師の処では大勢待つて居るから飯時になりやア、替り番こに飯を
奢らなけりやならすといつて彼奴等のことだから鰻飯といふのが通り相場だが、
中々雑用がかかる。

彫り上る迄には身分不相応の入費を使ふ。
だから、其出来上つた彫ものを大事にすること甚しい。
先つ第一着物を着るつたつて表こそ木綿ものだが、肌につく処は絹物をつける。
顔や手足は日に焼けて真黒だが、背中なんぞは日に当てるなんていふことは
めつたにない。
湯に這つてそうつと拭くという始末。