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愛はご都合!
見方見方っていうけど、
本当に個人の見方で世界が決まる。
だって、私がこうだと思えばこうなんだもん。
誰かの意図を勝手に解釈するのは私。
それを陽に取るか陰に取るか…私の頭の中で全て決めていい。
陰に見えるものも、勝手に愛に変換しちゃえばいい。
気付けばいい、かな
ひとつの些細な出来事が、愛で大きく膨らむ感覚。
感動で胸がいっぱいになる。
私の感じる嬉しい・楽しい・興味あること・嫌なことも…の中には愛がある。
そこを更に探すと新しい視点の愛がある!
それは私を超えた誰かの思い。
誰かの思いは私のまだ見ぬ愛。
私と誰かの視点が重なりあって、世界を増幅させる。
誰かの愛が、世界を更に彩ってくれるんだ。
イメージして気付くだけ。
たぶんそれが、「感受性」って言われるものなのかな。
他人の“思い”は重くって押し付けがましくてきゅうくつだと思っていた。
今もある。
ただ、その“思い”は全部受け取る必要はなかったんだ。
相手の心と個を尊重していれば、たぶんそれだけでよくて。
年上のTさん。
正直、「人のため」を振りかざしただけの、
利己的な男だと思っていた。
「良かれ」でいらないアドバイスばかり押し付けてきて、人の話は聞かないし、うざいだけ。
Tさんの愛に気付けたのは、
Tさんが自身についてたくさん話してくれたからだ。
しつこいくらいに思いを語ってくれたから、見方が変わってきた。
今では、「うざい話」にすら感動。。
どうなっちゃったの私。
その人がどういう人がわかっていれば、
その人をイメージできるようになる。
それが一見私を責めているように感じられることであっても、一呼吸おいて考えれば…愛だと
気付けることもある。
それは、私が私にやさしくなれたということのようにも感じられる。
最近なんだか幸せなのです。