OJの過去の自分への手紙
~拝啓、ハタチのわたしへ~ すごく良い。
外で読むべきではなかった、読んだら涙を堪えることができなかった。昨日東横線に揺られながらひとり泣いていたのは私です。ドア横に立っていたので外を眺めてひたすら涙がこぼれ落ちないように耐えていたけれど無理でした。
過去の自分へ手紙を書くとすれば私はどんなことを書くだろうか。
数年前、人生の中でも上位に入る大きな出来事があった。その頃の私は不安で不安でどうしようもないほどに追い詰められていた。原因は私にあって自分で自分の首を閉めて追い込んで勝手に苦しんでいた。普段は普通に仕事して毎日淡々とまわりには悟られないように過ごしていたはずだけれど、当時のことはあまり記憶がはっきりしない。ただ日々をこなすことに必死だったのかもしれない。大きな出来事のはずなのにはっきりいつ頃なのか記憶が曖昧。最終的に自分ではどうしようもなくなって第三者に入ってもらって一応解決はしてその不安要素は消えた。この事は当事者以外の誰にも話していないし、親にも言えないし墓場まで持っていくんだろうなと思っている。
中学の頃から日記やブログを書いていて、毎日の時もあれば数日、数ヶ月間あいたりしてるけれど、所々大事なことや忘れたくないことは書くことにしている。日記を読み返すことで記憶を補完できるからいい、覚えておきたいのに忘れたくないのにだんだんと記憶って薄れていって曖昧になっていくのを甦らせれる。でも、その頃は一切日記をつけていない。書くこともできないほど疲弊しきっていたのか。本当にその辺りの記憶が不思議なほど抜け落ちている。思い出したくない気持ちがセーブしているのだろうか。