天気はうすぐもりと晴れの中間くらい。
11時間乗り続けたバスから降りると、眼前を通勤客を詰め込んだ路面電車が街を行き交う。
久しぶりのはりまや橋交差点の景色に、なぜかとても懐かしい気持ちが芽生える。
おかしいな、この街に来るのはまだ2度目のはずなのに。
はりまや橋から龍馬記念館のある桂浜までは、バスで片道30分ほど。
バスの車窓を流れる景色も、やはりあまりにも見慣れたものに感じる。
細長い新宇津野トンネル、横浜という耳馴染みのある地名を過ぎ、
海岸を走る花街道に入るポイントで土佐湾が見えると、胸が高鳴る。
桂浜への来訪は2度目だが、前回は記念館を見落としていたので、今回が初の記念館。
早速館内に…と逸る僕だが、新館入り口付近に「シェイクハンドぜよ!」の龍馬さんがこんにちは。
まっこと、ぜよだのちゅうだの言われると、かわいく聞こえるき、困ってしまうぜよ。なんて。
開館から間もないタイミングだったので、館内はとても静か。
入館料を払い、早速展示室前のブースで音声ガイドのタブレットを借りると、
そこには音声ブースで録音をする濱くんのお写真が。
「展示を見られる前に、濱さんからのご挨拶をお聞きになってください」とはスタッフさん。
いいなぁこの仕事。ちょっとだけうらやましくなった。
貸出品のイヤホンを耳にかけ、震える手で再生ボタンを押す。
すると、いつもラジオや番組で耳にするよりも少し背筋を伸ばしたような、丁寧な語りが流れてくる。
その声は紛れもなく、僕が好きになった濱くんのお声だった。
明朗で聞き取りやすく、親しみが感じられる中にも気品や矜持を感じる響き。
にゃんちゅうのモノマネをする彼もかわいいけど、やっぱりこの地の声の良さあってこそ。
「土佐弁で説明しますので、わかりにくい言葉があるかもしれませんが…」の
…のところでちょっとだけ笑ったでしょ。すごくいとしい。たまらん。
ごあいさつで「ほいたら、まあ、ゆっくり見とうせ」って言われたから、ほんとにゆっくり見てしまった。
歴史にそれなりに関わって生きてきたけど、実はこれまで坂本龍馬って僕には刺さらなくて。
そもそも人物史ってあんまり好きじゃないんだよね…とかうそぶいてた僕だけど、
種々のエピソードをめくっていくと、すごく可愛らしい人物なんだなってことがわかった。
でもそれはきっと、濱くんが龍馬に注ぐ愛?敬意?みたいなものが、
音声ガイドを伝って僕の体の中に流れ込んできたからなのかな、って思った。
個人的に一番気に入ったのは、龍馬が吉行をくれたお兄さんへ送った、お礼の手紙についていたガイド。
「吉行はどこへ行っても褒められるけど、お兄さんからの賜りものだから誰にもあげません」
なんて手紙に書いちゃう龍馬の人柄がとてもかわいらしいなと思ったけど、
その可愛らしさが、声を得たことによって増幅されていたように感じて。
やっぱりこういうことが出来るのが「声優」なんだなって、また感情が溢れてきたり。
結局展示を見終わったら、はりまや橋に戻るバスまであと20分くらいしかなくて、
桂浜を見に行ったりする余裕はなかったのが残念だった。
甲子園よろしく、桂浜の砂を採取する準備は万端だったのにな…
その後はバスで市内に戻って、高知駅で広告をしっかり見て、
ひろめでカツオを食べて、途中で鳴子を仕入れて、空港行のバスを捕まえて。
気が付いたら関東に戻ってきてた。おかしいな、こんなに高知ってすぐ行けるんだ。
改めて思ったことをまとめてみる。
ほんの短い時間だったけど、やっぱり今このタイミングで高知に行けてよかったと思ってる。
最近は声優としてアニメに出たりする機会があんまり多くなかったし、
おふざけや茶化しなしの、プロの仕事ってやつが見れて、やっぱり惚れ直した。
前に進んでる実感が得られないと、不安になったりするけれども
やっぱり僕の推しはすごい人なんだって思えて、ホッとしたところもあったりして。
あともうひとつ。
昨今「土佐弁」にかかわるお仕事の多いはまくんだけど、
彼はいま、実は土佐弁にとってすごく重い責務を負ってくれているんじゃないかなって。
一般の人々は生の土佐弁に触れる機会が少なくなっている中で、
はまくんは「ビギナーにも聞きやすい(=ちょうどいい)土佐弁」をつくりだしていく役目を請け負っているように思う。
これからネイティブの土佐弁話者が減っていく中で、
彼の話す土佐弁が「土佐弁の標準系」になっていく可能性ってのは結構あると思っていて。
その意味では濱健人は、彼自身が思っている以上に
高知の文化の継承者として目されているのではなかろうかと思ったりもするわけで。
なんだかやたらなところに話が迷い込んでしまったが、
この旅であらためて推しの推したるゆえんを確認できて、すごく心がすっきりした。
よくばりを言えば、高知の夜を楽しんでいきたかったけど、それはまた今度にしよう。