IITIGHT MUSIC - sittinIItight- -170ページ目

原点

乙っす。









明日から買い付け。










買い付け前は何するわけでもないんですが(いやいや結構色々やりますけど。。)











気分は試合前のアスリート。











今日も相棒DJT!GHTメンに店をお願いして、、富山から朝一で帰宅してくれました。。。俺は準備。











そこで、、今日はすげー原点を思い出すんです。










あ、酒入ってるんで長くなりそうなんで、暇な人是非!読んで下さい。












俺のHIPHOP原点は1995年。








こんな曲に衝撃を受けました。









できればnwaに衝撃受けたとかで生まれながらLAと運命あったとか言いたいんですが。。。。。











そう。マライア。笑??








そして夜な夜な武蔵小杉や調布の駅前に先輩にHIPHOP、南大沢(相模原?)にFRREEZEのMASAKIさんにBREAKIN教えてもらいにいってました。













日々デケーラジカセ買って持ち歩いて、ストリートで練習。警備員と中指の立て合い。














そして習得した技を即、渋谷や原宿表参道にストリートパフォーマンスしに行ってました。










もちろんキャップ逆さにおいて。。。








無茶苦茶下手なんですが、、













はたして俺らは通用すんのかと。。。














通用してくれと。。。。

















そんな中、小遣いくれるおっさんとかいて、、、













値段じゃなくて、世間に相手してもらえた事に自己主張の喜びを感じてましたね。













みんなで食ったマックの味は今でも忘れないっす。













マライアのPVの味噌はTOMTOM CLUBをネタにしてる事。夜な事。64が跳ねる事。。











当時の俺はそこに凄―く洒落た遊び人フレイバーを感じたんです。










まあ人生変わりましたわ。










そしてローライダー→LAというカルチャーに気づいて行くんです。









TOMTOM CLUBとか、、、、









B-BOY PARK VOL.1でJOE(RIP)さん達がサークルバトルでブイブイ言わしてるとき流れてて、、











涙が出るほど感極まったのを覚えてます。














JOEさんに指名されてサークルでヘッドスピンして、納得いかなくて、、笑














翌年神風ってクルーで出さしてもらいましたね。2回戦で負けたっすけど、











出さしてもらって無茶苦茶良かったっす。ANKEさん感謝してます。















当時、クラブに行く目的はライバルやバトルしたいブレイカーが来るクラブにひたすらバトルしに行ってました。







エントランス代とか、なんも関係無いんです。









ただ、より強く、自己主張をする為に日々練習。修行。自分のアイデンティティを表現するために。










なんで、もっとクラブでは自己主張してほしいんです。











絶対に共鳴するんで。。











暗いんだし。(笑)












思うように体動かしましょう。振付けとかじゃなく、、、












それがダンス。











踊るってこと。











周り気にしないと、絶対楽しいんで。











できれば西の香りがするエイジャンを表現したい。ってのが俺の自己主張ですが、











それぞれ自己主張はちがうんで。。。そこもおもしろいとこ。







西の香りがするだけで一緒に笑えますよ。いやHIPHOPの香りかな。








ただ、俺が表現したい事は西の香りがするエイジャン。







日章旗掲げてる走り屋がLAにいるらしいっす。








やばくないっすか?







俺が自分自身、西だとか、俺がギャングだなんて思ったことは一度もないっすけど。









ただ洒落た粋な西の香りがするエイジャンでいたいなと。。。








そして97年、中退後、すき屋で深夜バイトして我慢できずに渡米。









何故かフリスコ乗換えのコロラド着。笑







ただ、当時は家にPCも無く、飛行機からアメリカ大陸が見えた時は鳥肌でしたね。電車の乗り換えとは次元が違う飛行機乗換。。



















サンフランシスコ乗換えが決死の大舞台だったのは覚えてます。笑













ただ、、、肝っ玉の小さい俺を育ててくれた1発目の渡米。







忘れないっすよ。本当に。コロラドのクラブでバトルした化けモンみたいな外人も忘れないっす。









17歳の若造が、、何がしたかったかというと、
















人から聞く情報に満足できなかったんです。















自分の目で確かめて、自分の力で表現できるようになりたかったんです。












まあでかいこと言ってますが、30回アメリカ行ってもまだまだ途中経過。














全然まだまだ。。。















先輩達や身の回りの先輩から感じるクールな雰囲気にはかないません。













ただ!俺も男として生まれた以上、自分なりにクールでいたいと思うんです。













背負う者が増えようとそこは親父としても譲れないっす。














そこを本気で伝えたいんで、まだまだ本場をこの目で見て感じて、体感、吸収したいんです。
















これだけネット社会になって、パソコン一つで知識人にもなれるし、色々できる時代ですが、















俺は実際の世界はそんなもんじゃないと思うんです。


















それを表現する為に明日から行ってきまーす!(要は自分がいきたいだけ・・・)














より濃いものを感じてもらえるよう、修行あるのみっすね。














13個年とりましたが、、未だに自分で体感した情報に勝る物はないと思ってるんで。。











では、またちょくちょく更新しやす。











よっぱらいの戯言っす。失礼しました!
SHU ZA FLY