ぼくは思わずくしゃみをした -14ページ目

ぼくは思わずくしゃみをした

そういうことです。

自分が感じてる言葉に形を与えて

その表現が適切そうだと判断するのって

だいぶ難しいよね。


私は今この時点でそれを表す表現を

その言葉以外では知らない。

そしてなんとかそれを言葉に表す。


けれど、相手がそれ以上の表現を知っていたり

もっと奥深い表現を知っていたら

そこで齟齬が生じる。


もうその時は

付き合いの中で理解してくれていると感じられる相手かどうか

返ってくる言葉に違和感がないかどうかで

わかってくれる人かどうかを判断してしまう。


これってどうなんだろう?


もう一歩、こっちからも踏み込みたいよね。


そして、私が酔っ払った時でも

例えば認知症になったとしても

感情だけは私だけのものだから

嫌なものは嫌でいいと思ってるのよ。


だから、二日酔いで気持ち悪くても

昨夜感じた感情だけは残るんだよ。


それが、私が明日には忘れていてもいいからおじいちゃんと話していたモチベーションでもあるからね。

感情の残り香は間違いなくあると信じている。


なんか途中から全然違う方向に行ったな。笑

酔っ払わないと話題にならないし

酔っ払ったら言いやすくなるなんて

不器用だよね。


でも、今にしか生きる喜びがないと言うことは

私は実感として確信しているから

明日も酔いが覚めたらまた言うよ。


新しいことやろうって。


それは事業でも日常でも

私を拡大してくれる要素だから。


なんで女神様は慈愛に満ちているって

前提が作られているんだろう?


母から生まれた人類は

皆、母に優しく受け止めてもらいたかったって

願っているからなのかな?


人が信仰したいものは

人の願いのかたまりなんだよね。