幸せ者が小さな不幸に合いまた幸せが訪れる
幸>不幸が常に訪れれば不幸は幸にも思える
幸せに慣れると幸せがわからなくなるなんて言ってる人は不幸か幸せか?本人以外知る術はない 逆に不幸かどうかもそうだ どんなに不幸に見えても本人が幸せと思っていたらその人は幸せなのだ
しかし不幸に慣れて不幸に気付かない人もまた幸せと言えるのか?
やっと気付いた
たとえ不幸から逃れても幸せはこない
いつ死んでもいいなんて嘘だった
生きる事が怖かった
憎しみと復讐を糧に生きた5年間は悲しみを消して笑顔も消した
全てを失ったと思えた俺に親友が手を差し伸べた お前は幸せになってもいいと言ってくれた
6年ぶりくらいになるだろうか 涙が止まらなかった
今の俺に訪れる幸せはどんなに小さな幸せでも最高の幸せに違いない 失ったらまた探せばいい 死んだ親友 恋人に二度と逢えなくても幸せになれるなんて知らなかった
俺27歳
壱.最高の幸せを失うと最悪の不幸
弐.最悪の不幸者にとって小さな幸せは大きな幸せ
参.最悪の不幸者が掴んだ幸せを手離した
Q.さて?最悪の不幸者が手離した不幸の大きさは?
A.弐の時点で希望を強く持ってしまったので最悪の不幸が更新される
もし弐の時点で希望を棄てていれば小さな幸せは既に幸せではない
幸せを放棄すれば不幸が減り幸せを求めれば不幸が増える
不幸者は幸せを放棄して不幸から逃れる事を願い続けました
18歳~27歳の俺はこんな感じだった