先日、僕の意向を、快く快諾して下さった、ある被爆経験のある方に、当時のことやそれからのこと、今後のことなど、様々な事を聞く機会を頂きました。


この方とは、今後も引き続きお逢いして、お付き合いをさせて頂くつもりです。


僕のこれまでの人生で戦争というものが、大きな意味を持つ出来事、というよりは存在であるからです。

というのも、僕の曽祖父は戦争を経験しています。僕の小さい時分から、その話に接する機会があり、曽祖父が生きているのも、また、自分が生きているのも、戦争を生き抜いてこその今だからです。


僕と同世代の人よりは、僕はその話に関心を示し、小学生の時からうっすらではありますが、自分の頭の隅には、この戦争という出来事がいつも付きまとっていたと思います。
歴史好きなのも、その部分から来ていると思います。



さて、そんな僕ですが、大学進学に伴い、広島に住むことになりました。三年前です。


広島に初めて来たのは、小学一年生でした。
平和資料館へ行きまして、そこから今まで、資料館の光景というものは、頭の中に焼き付いています。小学一年生の記憶というのはあまりないですが、あの光景はしっかりと覚えています。
それくらい衝撃でした。



次に高校生の時に広島に来ることがあったのですが、やはり過去の経験、あの衝撃はその時も蘇りました。



ただ、その時に思ったことは、恐怖より、戦争というものをこれから伝えていかなければいけないという思いでした。



これは、変化です。小学生と高校生の思考の違いなんだと思いますが、その時から、戦争を未来に伝える、語っていく、ということがはっきりと自分の中で芽生えたと思います。



ここまで、過去の自分の、戦争に対する考え方の変化を書きました。
ここまで書こうとは思っていませんでしたが、気づいたら、ここまで書いてしまった、そんな感じです。




これを書く前まで、井伏鱒二の「黒い雨」を見ていました。

しかしどうも、この本を読み終えると、寝付けない。

僕が小さい時に受けたあの衝撃を思い起こさせるんです。


また、同時に、生半可な気持ちや思惑で、経験者の方の話を聞くことをしてはいけないと、改めて感じます。

生き残った人には何か使命があるはずで、その使命を引き継いでいく義務は、僕たちにもあるはずです。

本を読んで思ったのは、この主題を伝えていくには、やはりそれ相応の覚悟が必要です。
口先でものを言うことは許されないし、そんな事をすれば、私に機会を下さった人たちに顔向け出来ないです。



なにも統一出来てない文章になってしまいました。しかし、本当に思ったことです。



 一つ勘違いしてほしくないのは、
炎に包まれた瞬間が、あの瞬間というものが広島だ、ということではないです。
その後の人々の暮らしも、広島、です。
ここにおいて、僕の小さい時の資料館での衝撃というのは、瞬間ではありますが、語る事というのは、その後の広島も含まれています。


最後にここまで書くにあたり、僕は努めて言葉を選んできました。



見てくれた人に、何か心に来るものがあれば、書いてよかったと思えます。
てことで、
今日はここで終わりにします。おやすみない。