愛犬のアレルギー奮闘日記

愛犬のアレルギー奮闘日記

愛犬2匹の生活や愛犬のアレルギーに関するブログです。
マルチーズの6歳♂が沢山のアレルギーと戦っています!少しでもアレルギー持ちのワンちゃん達のためになれば幸いです^^
ヨーキーの1歳♂は元気なヤンチャ盛り♪この子に出会えたのが奇跡です

Amebaでブログを始めよう!
すみません

先にお詫びしますが・・

更新が出来ませんでしたorz

いや、できなかったわけではなく
しなかったの間違えですね・・

と、言うことで!

前回も書きました
アレルギー犬バンの週二回使ってる
シャンプーについてご紹介します。

このシャンプーのすごいところは
週二回洗っても、皮膚への負担が少なく
とてもいい香り^^



あ・・
画像がデカすぎ^^

このシャンプーは獣医さんに薦められ
購入したのですが、それまではペットショップでよく見かける
アレ・・を使ってて・・
でも、皮膚が弱いし、こまめにシャンプーするなら出来るだけ低刺激が
良いかと相談したところ、いろいろ探してくださり
このシャンプーにたどり着きました。

実は2週間ほど前
バンのアレルギーがひどくなり(花粉でやられたようです。)
あわてて、獣医さんに駆け込みました・・

でも獣医さんから
『バンちゃん日に日に改善されて、自然治癒力高まったね
と言われました。

うん。
確かに、数年前に比べれば雲泥の差です。

それもこれも
このシャンプーが多分突破口になってくれてるんだと
思います^^

このシャンプー獣医さんで買うと
2300円するんですが、ネットで買うと安くなるので
現在はネットで購入しています。

現在はバンは落ち着き始め
湿疹も少なくなりました^^


本日もご訪問ありがとうございます
昨日、今日と過ごしやすい気候の川崎市です
FMラジオから流れてくる心地よい音楽を聴きながら書いてます


今日の内容は現在の我が家の可愛いどら息子たちを

紹介します 
少しの間お付き合い戴けましたら幸いです



犬種:マルチーズ

性別:オス
生年月日:2005年8月11日


お名前:バン。バンちまん。

このワンコは今までとても辛い経験をしてきたワンコです・・

経緯:2件の家庭をわずか1歳弱までに経験しております
その後、我が家で里親として譲り受け、現在6歳。
3件目の我が家でやっと安住の地を見つけました。

我が家へ来るまでに、獣医に掛かった事が無く
(もちろん、ワクチンやフィラリア等もしておらず・・)
我が家へ来て初めての獣医さんを経験し、初めての健康診断。
そして数多くのアレルギーもちであることが判明・・

今まで、安価なフードばかり食べていた様で、体中湿疹だらけ・・
目やにも酷く
可愛いたれ耳からは
異様な臭い


耳にも生まれながらの外耳炎を持っていて
以前の飼い主からは何も手入れをされていなかった・・

飼い主馬鹿で申し訳ありませんが、お顔はとっても可愛いし、
人の話を良く聞く子。
しつけはとっても楽な賢い坊やです^^

写真を見ていただければ分かるように
ロンパースで着ているのは、アレルギー対策の為。
被毛を短くカットしてるのは、アレル源が体に出来るだけ付着しないように。
また、週に2回ほどのシャンプー後のドライヤーの時間を減らしたい為です。

現在は体に合ったフード、シャンプーと獣医さんからの耳掃除を定期的に
受け、湿疹を舐めたりして悪化させないために24時間エリザベスカーラー
着用し生活しています。

獣医さんと話し合いをした結果
ステロイドは使用せず、バンの治癒力を高めよう!!
と決定し、NOステロイドで生活しています

エリザベスカーラーを取るときは
ご飯を食べる時とお散歩の時。そしてお風呂の時のみです。

早く24時間エリザベスカーラーを着けずに生活できるようバンとエクボ夫婦は
格闘しています。

頑張ろうねバンちまん

次に・・



犬種:ヨーキー

性別:オス
生年月日:2011年2月19日


お名前:おやつ。


よく名前を聞かれて答えると驚かれます

まだやっと1歳になったばかりの青二才
暴れん坊で、甘えん坊で
バンに嫉妬をするチビ助です。

某SNSでマイミクさんになった方がたまたまヨーキーのブリーダーを
してる方でした。(某って書いてるのにバレバレ
その方のお家で産まれたワンコが我が家へ2011年4月25日にやってきました。

現在大きな病気をすることなく
元気にすくすく育っています。

現在の体重2キロ弱。
もともと小さめの血統でしたので今の体重がベストな体重のようです。

バンと比べると約2分の1・・・

当初は抱っこするのもビクビクな私達夫婦。
そして、当初一番注意していたのがバンが着用している
エリザベスカーラー・・

エリザベスカーラーが怪我の元にならないか注意しながら
二匹の戯れる様子を見ていました。

おやつ君は素晴らしいブリーダーさんのお陰で
現在まで元気すぎるほど元気


ヨーキー気質が強く負けず嫌い。
小心者のバンへ喧嘩を売る
小さなギャングです。

毎日このワンコたちのお手伝いさんをうれしく思いながら
させてい・た・だ・い・ています



これからよろしくね





ペタしてね 

 こんにちわ!
訪問ありがとうございます
エクボの住んでる川崎は本日雨です

なんだかこんな日はJAZZでも聞いてまったり過ごすのが幸せです


さて、第1章の続きです。

第3のワンコとの出会いは私の人格成形、今後の人との関わり方を
大きく変化させてくれました。

私はそれまで、保育園でいじめっ子に苛められていて
消極的な幼少期を過ごしていました。

貧乏ながらに私に可愛いチェック柄のピンクのワンピースを母親がやっとの思いで
買ってくれ、お気に入りになったワンピース・・
ワンピースを着て遊んでいると、いじめっ子に
『貧乏の子がピンクのワンピースなんて似合わない!!』
と言い、ビリビリに破かれたときショックと母へ申し訳なくなり泣きながら家へ帰りました。

そこで姉の登場です^^
年の離れた姉が私が泣いて帰ってくると
相手の家へ殴り込みに行ったのを今でも覚えています。

年の離れたこの姉の後ろにずーっとへばりついて生活していた
消極的で内気な女の子でした。

 そんななか長女の友人宅で子犬が産まれた
と言い、両親の了承なく姉が子犬を一匹連れて帰って来ました・・・

とても小さなメスのワンコ。
まだ母親のミルク臭さが残る
つぶらなお目目の小さなフワフワなワンコ。
名前は『チョロ』に決定。父親がつけた名前でした。

チョロは今思うとチワワとパピヨンのハーフだったとおもいますが
とても小さなワンコは、すぐに私の一番の親友になりました。

公園で遊んだり、一緒にお風呂に入ったり。
もちろん寝るときは私の布団の中。
手枕で寝てくれました。

チョロはいつも私と一緒に居てくれ、泣かされて帰ってくると
一目散に慰めに来てくれたり、その頃になると母親は外へ働きに出ていたので
かぎっ子の私はチョロに会いたくて急いで家路に着く毎日。

そんなチョロは私が
中学3年生のとき両親の不仲が続き
両親の喧嘩の声、殴り合いの場面を見て人間不信になっていた時
ゆっくり私の膝に乗り、私の目を見つめ
『そばに居るから大丈夫だよ・・・』
と言っているかのような顔をし、ペロペロ舐めてくれました。

このときチョロは12歳。
人間の言葉もよく理解してくれる
頭の本当にいい子になっていました。

よく犬はせいぜい5歳位の知能しか持たない
とか言われますが、そんな事チョロにはありませんでした。
私より大人な態度を取ってくれるチョロ。

海へ遊びに行くときも
山へ行くときも
川へ釣りに行くときも
開発前のお台場へドライブに行くときも
常に一緒に行動していたチョロ。

高校1年の9月6日。
チョロは病気の為息を引き取りました。

この日は母と2人で吉祥寺まで
買い物に出掛けていました。出掛ける際
『チョロ、少しの間待っててね。すぐに帰ってくるよ。』
そう言い、既に寝たきりになっていたチョロに後ろ髪を引かれながら
買い物に出掛けました。

買い物から帰ってくると
尻尾をブンブン振って、かすれた声で喜んでくれました。

その日の夜
何となくチョロと一緒に寝たくなり
寝たきりだったチョロを布団へ抱えて連れてきました。

30分程チョロとおしゃべりをして
『もうねんねだよ』と話しかけると
急に息が荒くなり、苦しそうな声をだしてきます。

直ぐに両親を呼び
両親と私で泣きながらチョロの名前を呼び続けました。
足をバタバタさせ・・最後小さな小さな声を漏らし、
チョロは13年間の生涯に幕を閉じました。

まだ温かいチョロの体を
何度も何度も撫で
何度も何度も名前を呼び
戻ってきてと言っても
もう息を吹き返す事はありませんでした。

結婚して嫁いでいた姉達へも連絡し
泣きながら姉が戻ってきたのを
今でも覚えています。

一番の親友。

一番の理解者。

一番の心の支えだったチョロ。

チョロが亡くなってから私はペットロスになりました。

高校へも行けなくなり、休みがちに。

登校できても、誰とも話せない。

ずーっとチョロに支えられていたのに

もうそのチョロは骨になってしまった・・・

学校でも涙を流しながら、周りの友人には心配され。

直ぐに早退。

帰りの電車の中でも嗚咽を漏らして泣いている。

頭の中はチョロの事で一杯でした。

もっと沢山遊んでやれば良かった・・

もっと美味しいのを食べさせてあげれば良かった・・・

もっと公園へ連れて行ってあげれば良かった・・・

もっと・・・

もっと・・・





ずーと自分を責め続けました。
チョロの骨壷を抱きながら
話しかけたり、布団に入ったり。

チョロの優しい目が見たくて
チョロの体に触れたくて
チョロのお腹を撫でたくて・・・

骨壷を開けると
そこには白い灰になったチョロしか居なくて。

大泣きし
自分を責め続けました。


まだ私がペットロスから
抜け出せていないとき
両親は離婚しました。

もう、どうしていいのか分からなくて
毎日泣いて過ごす日々でした。



しかし

ある日
夢を見ました。

チョロが死んでから
一年後。

初めてチョロが夢に出てくれたのです。

会いたかったチョロが直ぐ近くにいました。
私はチョロめがけて走り寄っていくのに
チョロは怒っています。

分かるはず無いのに、チョロが

『最近のエクボはエクボらしさが無くなった。』

『だから私はエクボが嫌いになる!』

『前のような笑顔を私に見せて!!』

チョロが怒りながら私にそう言いました。


ふと目が覚め
泣きながらチョロに謝りました。


今でもチョロの事を思い出すと
涙が出てしまいます。


このチョロと出会えたお陰で
内気で消極的だった私が、社交性を持てるように
なったのです。

世の中にはたかが犬
と、おもう方も居るとおもいます。
決してその考えを否定する気もありません。

だって
私はチョロに救われた。
チョロが私を守ってくれたと
今でも感謝の気持ちで一杯になるのです。

未だにエクボ家では
チョロは偉大な存在として奉られています^^

ペットロスからやっと抜け出せ
元気一杯なエクボが取り戻せたのです!

ペットロスになって
初めて人のこころの痛みが分かる人間になれました。



なんだか訳の分からない内容になってしまいましたね・・・


次回は現在我が家で溺愛中のワンコのアレルギーについて書こうと
思います。

チョロの時のような
もっと・・・○○してあげれば良かった・・・

と思わないためにも!

もちろんアレルギーで苦しい思いを
してるのはワンコ本人?(本犬?)なのでその苦痛を
少しでも和らげてあげれるように!

次回から本題に突入します^^


とっても読みづらい文章を最後まで
 お読みいただきありがとうございます。
なにかコメント欄に残していただけましたら幸いです




アメンバー募集中