とりあえず現実を受け入れて
楽しむことに視線を向けたなら
ギャルになっていたと思う。

くだらないことを楽しむことでしか日常を打破できないと
しっかり納得がいっていたならば

女子グループの中に属しただろう。


くだらないのは今だけだと
賢い学校を目指すほどの熱意もなく
優秀な生徒でもなければ
集団で何かする人でもなかった。


だから眺めてた。




今も
眺めてる。



いかに現実が退屈で
叫びたい程に窮屈で
どこか遠くへ行きたいと願っても

どこにいこうが現実は
ジオラマちっくで虚しい無限。



「環境のせいじゃない、かわるべきなのは君自身なのだ」

それは、どういう意味なの?
現実は認めてる。
けど受け入れられない。

「みんな」で
無茶しても
馬鹿しても
お金使っても
最後には虚しいこと
寂しさがつきまとうやり方をする集団。


すぐ忘れてしまう流行。


不変のものは?
すでに終わってしまった
完結してしまったものは裏切らない。
だけど回帰的すぎても
それ以上の何かはなくて時間は動いてる。


知りたいのは上辺面じゃなくて
本当の問題。

今、わたしには何が起きてるの?
今、あなたには何が起きてるの?
今、わたしたちの過ごす環境には何が起きてるの?
今、わたしたちの世界には何が起きてるの?


どうして退屈なの?
どうして虚しいの?
どうしてそれに立ち向かわないで他のやり方をするの?


変えれないの?
この日常を。

原因をスルーして笑っていれば正しいの?


馬鹿のふりしてたらお互いに忘れてしまうよ。

馬鹿になるしか救われる道はないなんてことはない。


最も楽なやり方なんだろうけど…
世界も街もチャッチイ作り物に見えてしまって

生きてる実感がしないのはうちだけだろうか。

ドラマをなぞるような生活

どこかで見たこと在る動作に風景
人々の集団

とその中にいる自分。



生活に発見がほしい。


食ったりやったり
のそこには
感覚的に自覚は得るけど

ちっとも新しくない。

探してるのはそんなことじゃない。


何もかもがリアルに感じれない。
自分のことなのにリアルじゃない。

ジオラマのような
テレビで見たような日々。


平坦すぎて薄い
希薄な自分。


お先真っ暗です。
無理して良く見せる見栄に
なんの魅力も感じなくなり

全ては若気の至りだったのかもしれないと
やりすぎた感すら覚えます。

年齢的にも立場的にも経済的にも
本来お金なんて無いのにいいおべべ着ようとして

可哀想にクローゼットにある
沢山の着ない洋服達。

着たいと願って着てみたら
やっぱり何か違っていた。



ある本の一節にこんな言葉がある。

「腐った百合は雑草より臭い」

いくら着飾って
お金使って
贅沢しても

所詮は雑草やねん。
腐った百合にはなりたくない。

生まれつき金持ちでも美人でもないけど人間それだけじゃない。

いくら貧乏でも
人に恵まれる運を握ったら
地道な努力が報われたり

そんなんも絡んで人間は人間なんやと思う。


生まれつき負けてる人間の悪あがき思想と思われたってかまわへん。


ウチは見た。
才能があっておもろくて友達もようけおって毎日学校来て作品出してたのに、不景気に巻き込まれて学校やめてしまった友人。


整った顔立ちでスタイルもよくて優しいのに、ストレスで拒食症になって美貌が崩れてしまった友人。



光と影があるように
貧乏でもありきたりな顔でもいいとこだってあるはずや。

でも
見栄のために腐らした。

方法なんて他にいくらでもあったのに
探そうとしなかった。


貧乏人が無理して着飾っても不自然やし

貧乏やからと卑屈になっても不自然なわけで


うちは貧乏なりに楽しむことを考えていたい。



この見栄の塊の
無理して築いた生活にはいつか決着をつけなくちゃいけない。
なるべく早いほうがいい。



うちは見栄をはることよりも
卑屈になることよりも
自分に向き合う道を選びたい。