今年は色々と難しいことだらけ・・・・・

三歩進んで四歩戻ってるような気分になるね。


こんな時はドグマチールちょっと多めに飲んで笑顔でいられるようにしなくちゃ;


ダンスも体調悪くて全然踊れてないっっっ!!!!


そこまでくると自分の存在理由まで疑ってしまうね!

イカンイカン!!!!


心を許せる彼女でもいれば変わるんだろうケド・・・・なんて考えてる時点で夢見がちちゃんwwwww


今日も僕は歩くのです


( ゚д゚)サマーーーー!!


おおおお!( ゚д゚)サマーーーー!!

昨日僕が最近お世話になってるゆっこ先生が
自由についてブログを書こうとしたら
消えちゃったらしくw

僕も僕なりに「自由」というものを考えてみました。


「自由」
辞書によると
「自分の意のままに振る舞うことができること。また、そのさま。」

そうだよね。広義として「自由」っていうのは何でも好きに
できるということ。規制も何もなく。

でも、僕は考えちゃったの。

自由にして良いというルールの中で
与えられた自由というものは既に「自由である」という規制の
中に置かれているから「自由」といえないのではないか。

矛盾が生じるんだよね。

パラドックスみたいな。

しかも、僕達は生き物。生き物である以上は
食物を食べたり、排便をしたり、大げさに言えば
息をしなきゃいけない!
そして生物上どうしようもなく遺伝子に組み込まれた
「種を残す」という使命。


生きるうえで必要不可欠な規制は山ほどあって、

規制を強いられてその中で自由を与えられても
それは狭義の意味では自由と成さないのではないだろうかってこと。
あくまでも僕の中での狭義だからね><

ここ強調しますよ~「狭義」の中で捉えた場合ですからね~。

だから、僕の中で自由であるということはすなわち
この世に存在しないということなんだよね。

だから、人間で言えば死んだ状態が一番自由なんじゃないだろうか。


ってことを考えちゃったwwwwww

多分ゆっこ先生が書くはずだった内容とは大分ベクトルがズレてるだろうけどw

でも死んだ後もなんか霊界とかあって
そこでなんやかんや精進しなきゃいけなかったりだったらヤだな。
僕そんなのイヤwwwwwww


抽象的な事象について考えるとやっぱり哲学的になってしまうね・・・・・・・・


ま、小難しいことを考えながらもやっぱり

自由ってのは自分がやりたいように思い通り好き勝手できることだと思いますwww

ダンサーなのに

ダンサーが怖い・・・・・TT

みんないい人ばっかりって分かってるんだけどね・・・


気さくに話してくれるダンサーのなんて多いことか!

でもやっぱり大勢練習してる安田とか行くと怖いwwwww

みんなめっちゃ上手く見える(実際上手いんだけどw)

そして僕は味噌っカス!でもいいの!魅せられるダンス踊ってやるんだから!

そんな僕は今日マッチ棒と呼ばれました。


安田火災でこんな格好をしたのはきっと安田史上僕だけだと思います。 うふ。




THE072st MASTER OF MASTURBATIONへの道