俺が小学校のころ
ケシキンがめちゃくちゃ流行っていた
元芸友情に涙するは
こんな出だしで始まる
元芸ブログ全記事中
友情に涙するだけは
何か佇まいが違っていて
そもそも
何故タイトルが
友情に涙するなのかが解らなかった
ただそのタイトルには
これでなくてはならない
といったような
決然たる意思表明が
感じられたのも確かだ
いや
転校する友達から
キンキシをもらったという
友情が描かれているのだから
別に友情に涙するでも
おかしくはない
でもなぜだか私には
元芸記事を読み返すたびに
唐突過ぎるほどに
この記事だけ
時間の流れが違ってみえた
そして友情に涙するであることの
必然性
その理由を
元芸人男完全読本読んで
初めて知った
元芸人男の
熱烈なファンだった男
そうだった
故人に捧げられた記事だったのである
過去にしか
存在しない人に
思いを馳せ書く
時間が違って感じられたのも
当然なのかもしれない
これを知ったとき
驚きより
答えを得た安堵感が大きかった
だからなのか
泣けはしなかった
覚悟に似た何かがあった気がする
彼は転校した後も
元芸との交流は途絶えなかった
そして彼こそが
元芸の一番の理解者であり
一番の熱烈なファンだったのだろう
理由を知ってから
友情を涙にするを見ると
元芸の台詞は意味深く感じられる
今でも
お前にもらった
キン肉マンビッグボディ
は俺の部屋に飾ってあるぞ
お前は元気にしているか?
これは
天国にいる彼に
元気か?と問いかけているのだ
この記事に対しては
ファンの間で
賛否両論あったという
否については嫉妬だ
多くのファンは
所詮元芸に認知されることもなく
思い出してもらえることもなく
予想外の不幸に見舞われても
記事になる事などない
そうゆう点からすれば
ずっと彼に対して
嫉妬を抱き続けることになる
でもそんなファンたちに
彼はこう言うかもしれない
「生きて
元芸と同じ刻を
歩いているじゃないか」
と
彼と元芸の友情は
永遠に元芸ブログ
に生き続けるのだ
ケシキンがめちゃくちゃ流行っていた
元芸友情に涙するは
こんな出だしで始まる
元芸ブログ全記事中
友情に涙するだけは
何か佇まいが違っていて
そもそも
何故タイトルが
友情に涙するなのかが解らなかった
ただそのタイトルには
これでなくてはならない
といったような
決然たる意思表明が
感じられたのも確かだ
いや
転校する友達から
キンキシをもらったという
友情が描かれているのだから
別に友情に涙するでも
おかしくはない
でもなぜだか私には
元芸記事を読み返すたびに
唐突過ぎるほどに
この記事だけ
時間の流れが違ってみえた
そして友情に涙するであることの
必然性
その理由を
元芸人男完全読本読んで
初めて知った
元芸人男の
熱烈なファンだった男
そうだった
故人に捧げられた記事だったのである
過去にしか
存在しない人に
思いを馳せ書く
時間が違って感じられたのも
当然なのかもしれない
これを知ったとき
驚きより
答えを得た安堵感が大きかった
だからなのか
泣けはしなかった
覚悟に似た何かがあった気がする
彼は転校した後も
元芸との交流は途絶えなかった
そして彼こそが
元芸の一番の理解者であり
一番の熱烈なファンだったのだろう
理由を知ってから
友情を涙にするを見ると
元芸の台詞は意味深く感じられる
今でも
お前にもらった
キン肉マンビッグボディ
は俺の部屋に飾ってあるぞ
お前は元気にしているか?
これは
天国にいる彼に
元気か?と問いかけているのだ
この記事に対しては
ファンの間で
賛否両論あったという
否については嫉妬だ
多くのファンは
所詮元芸に認知されることもなく
思い出してもらえることもなく
予想外の不幸に見舞われても
記事になる事などない
そうゆう点からすれば
ずっと彼に対して
嫉妬を抱き続けることになる
でもそんなファンたちに
彼はこう言うかもしれない
「生きて
元芸と同じ刻を
歩いているじゃないか」
と
彼と元芸の友情は
永遠に元芸ブログ
に生き続けるのだ
俺は新規たちに
陰湿な嫌がらせをうけている
古参というだけで
古参の何が悪いねん?
ちょっとアキバを好きなのが
早かっただけやろ
新規だろうが古参だろうが
そんなこと関係ないやんけ
大切なのは
アキバを思う心やろ
なんでいがみ合うねん
そこからは何も生まれない
古参なんかに
ならんかったらよかった
新規になりたいよ
陰湿な嫌がらせをうけている
古参というだけで
古参の何が悪いねん?
ちょっとアキバを好きなのが
早かっただけやろ
新規だろうが古参だろうが
そんなこと関係ないやんけ
大切なのは
アキバを思う心やろ
なんでいがみ合うねん
そこからは何も生まれない
古参なんかに
ならんかったらよかった
新規になりたいよ

