季節は夏から秋へと変わり、外気は冷たく、そして緩やかに肌を撫でる。
晩夏にエアコンが壊れた私の部屋は外の空気が入ってくることは無く、依然寝苦しいままの部屋だった。
そんな部屋で寝付けずにいる私が、いかにして夢の世界へと足を踏み入れようとするか考えた結果、思いついたのが睡眠に関する思い出を振り返るというものだった。
現在インターネットには様々な配信環境があり、素人でも簡単に自分の特技や考え等を発信できる世の中になった。
その中でも特に発展しているのが個人による「雑談配信」というものであり、その形態は人によって様々ではあるが、
投げられる質問に対して答えていくもの
作業の傍らで由無し言を呟いていくもの
自分の声に特徴をあて、それを全面に活かして視聴者を楽しませるもの
が主に挙げられる。
私は一時期、3つ目に上げた「声に特徴をつけ、視聴者を楽しませる」配信を聞くことが趣味だった。しかし私の場合、純粋にその人の声や喋りを楽しむ訳ではなく、
「よくこんな疲れることできるな」
であったり
「どこからこんな声出してんだよ」
などという配信者にとっては鬱陶しいと思われるに違いない邪な感情で耳を傾けていた。
また、配信プラットフォームの新着順から所謂
「萌え声配信者」の放送を探し、視聴者の少ない配信が見つかればそこにアイテムを投げ、萌え声配信者がそのアイテムに対し過剰な反応をするのをお酒を飲みながら眺めるという徳の高い遊びをしていたことも度々あった。
そんな私も人間なため、当たり前のように3大欲求に苛まれる。人の3大欲求とは、
「食欲」「性欲」「睡眠欲」
の3つであるが、当時彼女がいなかった私は「性欲」を満足に発散することが出来ず、またあろうことか「萌え声配信者」を夜な夜な漁っていたため、同時に「睡眠欲」も満足に果たすことが出来ていない生活を送っていた。
人は睡眠不足が限界を超えると、自分の意思と関係なく思わぬタイミングで睡眠に陥る。
そのため私は、「ヤバいタイプ」の萌え声配信者の配信の下で眠りについてしまった。
私が襲われた「ヤバいタイプ」の配信者とは、萌え声でそれはもうとてもいやらしいセリフを呟いていくスタイルの配信者で、あろうことか私は性欲の溜まる場所で睡眠欲を果たそうとしてしまった。
人は眠っていても外の音や他人の声をある程度聞き取れるという素晴らしい能力がある。
しかし有能な力と言えども、時と場所を選ばなければそれは自らを蝕む毒となり得る。
劣悪な環境で寝ている私の耳と脳に萌え声えちえちゼリフが刺さる。
人間の精神とは軟弱なもので、どれだけ強い意志を持っていたとしても、強大な影響力の元では、個人の思想、精神、志は全くの無力となる。
それは晩春に読んだ遠藤周作氏の著書である「海と毒薬」の主人公、勝呂が訴えかけようとしていたものと重ねるのは容易なことであった。
人とは流れに逆らうことも、流されることも自由であるが、前者は自由だからと言い容易く出来ることではない。
良心の判断だけではどうにも出来ないものなのだ。
話が逸れたが、不幸は起これば起こるほど重なり、そして不幸が不幸を呼ぶものである。
所謂"悪循環"と言われるものだ。
その夜に見た夢は数ヶ月ぶりに親の実家へ顔を出しに行くというものであった。
親の実家といえばもちろん私から見れば祖母の家だ。
祖母は世辞にも頭の出来が良いとは言えない私のことを今まで優しく見守り、そして久々の訪問であった夢の中でも笑顔で迎えてくれた。
しかしそんな祖母への愛、そして安心は耳元の萌え声配信者によって引き裂かれる。
具体的に言うと「萌え声配信者」が想定しているシチュエーションとえちえちなセリフが、齢80を超える世辞にもピチピチとは言えない祖母の口やその身体から放たれるという地獄が再現されてしまった。
私はその日から素人の配信を見ることは無くなった。
そして正しい睡眠の習慣も送るように気遣った。
これは人を馬鹿にしてはいけない
そして自分の体は大事にしなければいけない
そんな萌え声配信者と祖母からの教えだと信じて。


