私の妊娠は予想に反してとても順調でした。
つわりは早くからあり、よく吐いていましたが、それ以外は全く何も無く38週まで過ごし、出産時はちょっだけバタバタとしました。
つわりは全く食べれなくなることから始まり、あっという間に5キロ痩せたので、夫は口にしやすく食べられそうなものをいろいろと買って帰ってくる日が続きました。
ですが妊娠中の困り事はつわりだけでした。
主治医に心配されたことは何一つ起きず、こちらの言葉に良く反応してまるで意思疎通ができているかのようにキックパンチする長男との楽しい妊娠期間は、幸せな気持ちでゆったり快適に過ごせました。
長男の出産は急でした。
38週0日で緊急入院。
突然、意識を失ったんです。
それはちょうど診察日で病院内の診察室でのことでした。
診察室で待っていると、突然周りがうるさくなりました。
夫も私の名前を繰り返し呼んでいます。
私は自分に何があったのか分かっていませんでした。
目を開けると、ちょうど夫が看護師さんに促され部屋から出されるところでした。
目を開けた私に気がついた夫は看護師さんの制止を振り切って私の側まできて、「わかるか!?」と叫びました。
「恥ずかしいから大声出さないで」
と言ったのを覚えています。
近くにいた産婦人科医は
「もう妊娠に私さんの体が耐えられない、38週で体重は2500gくらいと予想されるから、産んでも大丈夫!
産みましょう!」
と言いました。
私は予想が2500gでは、実際に出産したらもっと小さいのではないかと心配になり
「もう少し大きくなるまで、できるだけお腹の中で育てたいのですが…」
と言いましたが
産婦人科医は
「これ以上妊娠継続すると、私さんの命の保証ができない」
「赤ちゃんも危険になる」
「いまなら二人とも安全に産めると思うので、いまから産みましょう」
と。
夫はすぐに同意し、渋る私を説き伏せました。
そして子宮口を広げる処置が始まりました。
バルーンを入れて数時間して促進剤が投与されると直ぐに陣痛が始まり、7時間ほどで経膣分娩にて元気な男の子を出産しました。
出産日は急に決まりましたが、出産そのものは順調に問題なく進み、心配した体重は予想より重く2750グラムありました。
妊娠が分かってからすぐハイリスクと言われた私の妊娠出産。
ハイリスク専門の産婦人科医の元で慎重に管理されましたが、私は予想に反してものすごく順調に臨月まで過ごし、長男の元気な産声と共に母としての新たな人生の扉を開けました。
もちろん、胎児の頃から長男を溺愛している子供Love💕の夫は出産に立会いました。
かいてもいない汗を無駄に拭いたり、
バルーンを入れたあと私は眠りたいのに常にお腹に話しかけ睡眠を邪魔たり、
痛くもない腰を揉んだり、
水分補給は大事だ!と飲みたくもない水を飲ませてくれたり、
眠くて静かにしてほしいのにリラックスする音楽を聞かせてくれたり、
マタニティクラスで学んだ、その時の私の呼吸とは全然合わない呼吸をフーフーと延々と繰り返したり、
最後は頑張れ!頑張れ!と大声で叫び続けたり…
甲斐甲斐しく余計な世話を盛大にやいてくれました。
その時は
「なんて的外れなんだろう…」
と思いましたが、夫は夫なりに
「自分ができることをやらなくては!」
と必死にできることを考えた結果なんだろうなって後になって思いました。
出産後も高い熱を出した私に、欲しいものはないか、辛くないか、寒くないか、痛くないか、と気遣ってずっと病室で付き添ってくれた夫。
翌日以降も出された食事が全く進まない私に、介護のごとく口元まで持ってきて食べさせ、水分補給はすべきと水を定期的に飲ませ、トイレに行くのに支えて歩き、長男を見に行くとうちの子が一番可愛いと親バカをぶりを発揮して…。
長男を妊娠してから産後までの夫とのかかわり合いで
「ああ…この人はこんな人だった。出会った時から私をとても思いやってくれる人だった…。」
と、夫の好きだったところを思い出させました。
医療関係者以外でこの世に生まれ出て一番最初に抱くのは自分!の希望通り、生まれたてホヤホヤの長男を私より先に抱いて、恥ずかしいくらいボロボロに泣いていた夫。
その涙と妊娠中や出産前後の夫の姿をみて
もう一度夫と向き合ってみようかな…
と私は思い始めたのです。