昨晩ムスコスが私に聞いてきた。


不満『ぼくは普通じゃないらしい。友達に言われたの。』


はは。

担任にも何やるかわからない不安がある生徒って言われてたもんね笑



ニコニコ『え,ムスコス。

普通なんて,その人によるのよ。

常識然りね。

その人のバックグラウンドと感覚で「普通」なんて何通りも存在するわけ。

ママは普通って思われるのはつまらないと思うし,普通じゃないって言われたってことは皆と違うものを持っていてラッキーくらいに思っていなさい。

因みに,ママはお前は変だとずっと昔から言われ続けてきたわよ(笑)』


にっこり『ふーん,わかった』



keroさんのこの記事読んで、色々思い出した。

本当はメッセージ送りたかったのだけれど出来なかったのでリブログしますが

嫌だったら言ってくださいね,外します。



我が家は元気有り余る凸凹兄弟で

問題は多いし日々悩みは尽きない。

特に超絶視覚優位で発動性の高いムスコッティは問題ばかり起こしていて

最近はすぐに手が出てしまうことと,何度注意されてもやめられないことが課題。

昨日も,ゲームでルール違反をするお友達の目を突いて,教室から電話がかかってきた。

指導者にはこっぴどく叱られたのだろうけれど

きっとムスコッティは聞いていないだろう。(厳しい叱咤は、音は届いているだろうが言葉としては認識されていないだろう。)

自分を攻撃してくるものに対して過剰に反応し自己防衛する。

自分思考を充分に説明する言語力をまだ持ち合わせていないのだ。

相手のお子さんには本当に申し訳ない。


世間ではこういう子どもは,きちんと躾けられていない子ども として認識され

家庭での教育も問題視される。


子どもがしてしまったことは親の責任である。

ムスコッティのこの行動は、私のしつけや教育が違ったものならなかったかもしれないのだ。


我が家はルールやマナーについてはかなり厳しくしてきたつもりだ。

それでもムスコッティが出来ないのは

「厳しすぎたのかもしれない」

と最近思うようになった。

いや,こういう家庭で教えるべきものは当然必要なのだが

ムスコッティの特性に合った教え方が出来ていなかったのかもしれない。

そして,極端に苦手なものがあるムスコッティは「まだ出来なくてもしょうがない」と思わねばならなかったのだ。

(それでも外部は年齢相応のことが出来ないムスコッティに対して厳しいので,同じような気持ちでムスコッティを見守って指導してくれる人がいるのが大事)


ムスコッティが問題行動を起こすたびに私は大きく落ち込んだ。

考察してみるに,ムスコッティが悪く言われて悲しいのはもちろんだが,こんなに頑張ってやってきているのに『ちゃんと躾けていていないから!』と自分が責められているのが辛いのだと思う。なんだかんだ,自分の努力でいろんな困難も乗り越えてきて,今までの人生だって順風満帆とはいかなくともそれなりのキャリアも形成して,能力と実績が評価される世界に慣れている私は,「頑張っているのにうまくいかない子育て」と「他人からの悪意」に潰されそうになっているのだ。


「忙しいでしょう?

でも,そんな仕事しながら子どもたちのことちゃんとみられるんですか?」


それは仕事を辞めろということでしょうか。

子どもに必要なのは,付きっきりになる母親なのでしょうか?

息子たちの抱える問題は,母が忙しいのが原因ということでしょうか?


母はとにかく,息子たちの相談できる場所

彼らのことを見守って時には手助けしてくれる場所を複数作るよう努力した。

息子たちのため 私のために。

息子たちの説明をするのに客観的なデータが必要ならWISCがあった方がいい。

理解してもらいやすくなるし,何より教育現場においてあれの威力はそれなりに強い。

そして,親は子どものことをわかっているようでいて意外と指摘されてやっと納得できたりすることもある。


手帳を取得したり、デイを利用する対象ではないことはわかっていたので特に診断にこだわりはなかったが

診断あるなしに関わらずその子に必要な適切な支援はあるべきだし

診断があったからその内容が変わるものではない。

現在の学校現場にそれを依頼するなら心理検査はあったほうが良い。


相談できる医療機関

学童の先生

学校の先生(ムスコス担任には相談してないけど…)

スクールカウンセラーの先生

課外活動の先生方


今も上記先生方に支えられ,見守られ,息子たちは過ごしている。