なぜ闘病ブログなのにもうたまにそんな感じでになっているのか。
これにはやはり語らねばならぬルーツがあります。
ルーツって上下巻の本が宮沢りえのサンタフェを隠すように置いてあった我が家実家での出来事です。
え?サンタフェ分からないって?とりまSiriかGoogleしてとりま。
家には物心ついてから直ぐにもう猫達がいました。
一代目は与作。YOSAKU ね。
あ、家の祖父の名前は和麿 KAZUMARO ね。
ほっそーいサビネコ。
写真で見ると、いつも乳児の私の上にいて、寝転がっていました。
最後の記憶はいなくなった与作を探す私。
家の横の竹林を幼いながらずーっと祖母と探しました。
家族に聞くと「猫は死ぬときにはいなくなるんだよ」とのこと。
3歳~4歳くらいのときですかね?
「そうなんだ」って印象でした。
今から20年以上前のド田舎なんでもちろん猫なんて放し飼い。
その次は二代目マーオンです。
もうすっげーブッサイクな三毛猫でした。
ずーっとメスと思っていたけど今考えてみればあり得ないくらいBIGなゴールデンballをぶら下げている雄々しい♂でした。
もちろん放し飼い猫
この猫は私が多感だった幼少期~小学校低学年までをずーっと一緒に過ごした猫。
庭にある太陽であったかくなった石の上で一緒に丸まったり
台風の時は雨でびしょびしょになった体のまま布団に入ってきたときの肛門のくっせーこと。
でもあんまり一緒に寝てくれないマーオンが添い寝してくれたことに感動しているJUNな私はそれはそれは嬉しくて、心強かった。
でも、やっぱりいなくなるのよ突然に。
んで今回は小学生だし諦められないし寂しいし探すわけ。
いないわけ。
探して探してあー今回も死期を悟っていなくなったのかなーって納得し始めたある日。
天然母が私にぶっ込むわけ
「マーオンちゃん、お隣のガレージでお腹を苦しそうにしてずーっと動けなかったから
保健所に連れて行ったって。お隣さんが言ってきたよ。」
ん?
ん?
保健所って病院みたいな?
え?じゃあマーオンは、いきてるの?
「ううん、もう一週間も前の話やから処分されてるやろの」
え?
なんで?
だってお腹痛かったんでしょ?
なんで助けてあげないの?
なんで殺しちゃうの?
なんでそんなことするの??
はい出ましたmyファースト殺。
もうね、生まれて初めて辛くて涙は止まらないしお隣の坂井さんは家燃やしに行こうかと思うくらい憎いし(実際マッチ持って行った)
あんなスネ夫みたいな顔してよくもあたしのマーオンを糞がって今でも呪ってます。
もちろん学校には行けなくて一日中泣いてました。
そこで気づいたんですよね。
病気になったら病院に行けるのは人間だけなんだ。
猫は殺されちゃうんだ。
あんなに道徳の時間に命は大事って大人は言うのに
本当は違うくせに
大人なんてKUSOだ
大人なんて大人の振りした最低の奴ら
ながーい反抗期のはじまりはじまり。
それからは猫が飼えませんでした。
守ってあげられないから。
幼い私がどうやって猫を飼えば殺されないで済むのか分からなかったからです。
だってまた猫が苦しくなって動けなくなったら保健所に連れてかれちゃうもんね。
つか、隣の坂井がKUSOでKASUでSUNEOなのも問題だな。
そーいやあその家でもヨークシャテリア?みたいなフワフワの犬を飼っていたんだけど
夏はいつの間にか家のテラスに繋がれて水飲んでました←
坂井さんに無断で連れて来てたのは紛れもないぶっ飛んだmy母だったんですが
その犬ね
メリーって言うんですけどね
一回も散歩に連れて行ってもらったことないの。
んで夏になると外にみじかーーーーーい縄で繋がれっぱなしで放置
その間坂井宅は、全員留守だからノーwater
おい、死に神かよ坂井
見ていられない母は坂井がいないときは我が家で匿って水あげて涼ませてあげていたんです。
うーん…
まあ
しょうがないよね★
だって死んじゃうもん放置してたら
相手はデスノート持ってるしさ。
現代なら多分my家が悪いとかなるけど
昔々の話だしね★敷地勝手に入ってるし冷静に考えたら。
ってのが私のルーツです。
そこから色々自分なりに調べて殺処分数は猫が圧倒的にやはり多いこと(当時
猫を飼うなら室内飼いが妥当であり
それなりにルールもあること
賃貸でも飼える所は少ない上敷金が戻って来ないケースも多いこと
↑を学びつつ満を持して今の子やむちゃ♂を迎えに行けたのは初めて名古屋の名駅でペット可のデザイナーズ賃貸に居を移した24歳のことでした。
とりあえず完。