個人として付き合えばいい人でも、何か責任ある立場に置かれたとき、同じくいい人であり続けられるとは限らない。
それはおそらく、人にはもって生まれた心の器があるからだ。
知識を披露しているうちはわかったような顔をしていても、いざ自分に負荷がかかるとこそこそとしだす。人にはそれぞれ持って生まれた器というものがあるのだから、それはそれでいい。
人生の滑稽はそんな自分の器を自覚しいない時に起こる。
小さな庭に咲く一輪の花は、その庭にふさわしくそっと輝いている。

五月の花弁240604

                   五月の花、淡いピンクが目に優しい