昨日はお店のお花替え。

新顔は黄色い紐状の花弁がおもしろい「マンサク」と黄色のチューリップ、そして軽やかなレースフラワー。


「マンサク」は早春、他の花に先駆けて咲く事から「まず咲く」「まんず咲く」といった言葉が語源だとか。

そしてマンサクの花がたくさん咲くと「豊作」になる、との事。

今年はどうでしょうね!


月のマスコット「大根」も元気に育っています。


では、夕刻に。

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秩父はその昔、大昔、たぶん古墳時代の中後期5~6世紀頃「知々夫国」といい、武蔵国、最初の国だったとか、ないとか、、、。


知々夫国が存在し、知々夫彦命が国造(くにのみやつこ)として任命されたのは確かなようですが、正確な年代は推測のようです。


その後、奈良時代に秩父と改名されました。これは国の政策だったようです。


秩父で寺社の興りと発展を調べたかったのですが、どうもピンとくる話は出てこず。

まあ、昔々、大昔のお話ですからねぇ。

これ以上ご存知の方はご教授くださいませニコニコ


ではではのちほど。


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現在展示中の「巡礼みち」。

今回の写真は大きいサイズのフィルムで撮影されたものなので、引伸ばしても粒子がきれいです。

だから、石仏の手触りが伝わってくる気がします。

昨日もそのような感想を持たれたお客様が。

手触りまでも伝わってくるとは、ありがたさも倍増!?


今回の撮影地の秩父の観音巡礼の発祥は?というと諸説あり、特定は難しいみたいですが、文歴元年(1234年)3月18日説が有力なようです。


播州書寫山の性空上人は、閻魔大王に招かれて冥途にゆきて、獄中の多くの罪人を救ってあげましたが、そのお礼として閻魔大王から石札(石の手判)を送られました。性空上人は、秩父巡拝の折、その手判を札所二十五番の久昌寺に納めたといわれています。 これにちなんで、この久昌寺は通称御手判寺とも呼ばれています。右の写真は、その久昌寺に伝わる「御手判石」です(久昌寺の境内の案内板より引用)。
 また、札所二十三番の音楽寺の裏山には、十三体の石仏がありますが、それらは、性空上人の巡礼に同行した十三人(十三権者)を表すといわれています。
 さらに、秩父札所十三番の慈眼寺の本堂の右手にある一切経堂には、いわゆる十三権者の像が祀られています。


ですって、、。


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先週から花が咲くように育てている大根。

器に入れて毎日成長記録をとっています。今は日に5mmほど伸びていっています。

写真は先週末にケータイで激写したものなので、この状態より更に成長しております。


どうなるかな、、。

ちなみに西山さん大根です。本体は皆のお腹に入ったけれど、まだまだ生きています大根


月 日 記-daikon


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明日7日(火)は消防の講習のため、18時半オープン予定です。

よろしくお願い致します。


では、今日も講習に行ってまいります。


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