25時の珈琲 -9ページ目

25時の珈琲

双極性障害(統合失調症)のなんとなくな闘病記

今日は今学期結局初回に顔出ししかしていなかったゼミに参加しました。
金曜は、その前が1から3限まで教職科目で埋まっていて、
9時前から昼休みを挟んで14時30分までずっと授業を受けています。
その為夕方から始まるゼミに出る気力が残っておらず、
3限が終わるとすぐに帰るか、友人の家に途中下車してぐったりするかでした。
そもそも登校出来ていない日もあるし。

今日は課題文献のない他の人の発表だし、
しかも一人だけだから短いだろうとリハビリがてら行きましたが、
やはり疲れました。
早く終わってくれ!と時計の方ばかりみていて
やっぱり自分はADHDの気も多分にあるなと再確認。


ADHDと言えば、2週間前に教職科目で中間テストがあったのですが、
今日先生が
「全ての大問の内、いずれかを選べという指示を出していたのですが、
全てに答えている人がいました。」
と言っていて、わたしのことだ!と思った次第です。
そんな但し書き書いてあったのか、、、ついぞ気付かなかった。
やけに問題数多いなと思ってたんだよなあ。

学部時代も余裕で答えられたであろう大問を
丸々すっとばすというよくわからないミスをしたりしていたのですが、
やはり注意力散漫。


大学院にいると、
誰も彼もがダメな奴に見えてくる上、
なおかつそう思っている自分も同じくダメなようなそうではないような、、
という無限ループに陥りやすく精神衛生上とても良くないです。

学部時代に院の先輩に「君は向いているとは思うけれど、やめた方がいいよ」
と言われ続けた上で決めた進学でしたが、
入ってみると思った以上のストレスでした。
この人はできる!と尊敬できる人、信頼できる人が周りにきちんと一定数いるだけ
自分は恵まれている方だと思いますが。
私からみればそんなできる!の先輩たちも上記の無限ループに囚われていて
もう本当なにがなんだかわかりません。
ヴェーバーの『職業としての学問』を読むと、
この鬱屈とした感じがよく現れていてなんとも言えない。。

今日も博士の先輩の発表を聞いてこれで博論??と悶々としてしまいましたが、
やっぱり他人は他人自分は自分です。
学部時代の恩師も、
「大学院は学校とか環境がどうこうじゃなくて、自分がどう勉強するかだから」
と言っていました。

少し前までは「早く病気を治してちゃんと勉強できるようになりたい」と思っていましたが、
今はこの調子で出来る限りのことをやればいいのだと思えるようになりました。
初心に戻ってマイペースに頑張りたいと思います。

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