約13年前、土木学会の例会で発表されたある論文が、大きな話題を呼びました。
その論文とは、なんと「スサノオ命を祀る神社は、東日本大震災の津波被害をほとんど免れている」というもの。
執筆したのは東京工業大学大学院の桑子敏雄教授と、当時の大学院生2名からなる研究チームです。
もしこの現象が実際に事実であれば、古来から伝わる災害回避の知恵と神話的モチーフが、地形選定や鎮座の背景に深い影響を及ぼしている可能性があります。
研究のきっかけは、チームの一員であった高田知紀氏(現・神戸高専准教授)が、東日本大震災後の復興支援活動の中で目にした、被災を免れた神社鳥居の姿でした。
「なぜこの神社だけが、同じ沿岸部にありながら津波の直撃を受けなかったのか」。高田氏は疑念を抱き、周辺の神社を系統別に調べることを提案します。
こうして研究グループは、宮城県沿岸部に鎮座する200余りの神社について、祭神の属性と境内や鳥居の被害状況をひとつひとつ現地調査しました。

調査の結果、スサノオ命を祀る神社17社のうち、津波被害を受けたのはわずか1社のみ。
さらに熊野系や八幡系神社でも同様の傾向が見られ、被災免除率が非常に高いことが明らかとなりました。
一方で、アマテラス命や稲荷大神を祭神とする神社は、全体の被災神社数(53社)の大半を占めていました。
なぜ、同じ沿岸部、ほぼ同緯度・同経度の場所で、祭神によって被害の受け方がこれほど異なるのか──研究グループは、この謎に古代の信仰と地形学的要素を絡めて迫ります。
桑子教授らの論文『東日本大震災における神社の祭神と空間的配置に関する研究』(土木学会論文集,2012年)では、スサノオ命を祀る社が用地選定の段階で「水害・震災を防ぐ特性を持つ場所」が選ばれてきたのではないかという仮説を提示しました。
高田准教授は
「古事記によると、スサノオ命は斐伊川に住んでいたヤマタノオロチを退治したとされています。これは川の氾濫を制御し、水害を鎮める寓意だとも解釈でき、その神格は“水をつかさどる力”と同義と言えます。したがって、地元の氏子や宮司は、津波や洪水の被害を避けるため、スサノオ命を水害鎮護の守護神として、人里離れた高台や丘陵の突端部に社地を定めたのでしょう。」
さらに論文では、スサノオ命と同一視される八坂神社の牛頭天王もまた、水を自在にコントロールする神として知られています。

古来、牛頭天王の祠は川沿いや湿地帯の周辺に設けられ、「水の暴走を鎮める場所」として崇められてきた例が数多く残されています。
これらの歴史的背景を踏まえると、災害回避のための「土木的配置」としての神社立地は、単なる偶然ではなく、地域社会の英知が結実した成果とも言えそうです。
また、研究チームは「アマテラス命を祀る神社が被災した割合が高い」理由についても考察を加えています。
アマテラス命は天照大御神として天界(高天原)を統治した太陽神であり、光・生命・繁栄の象徴です。
そのため、里人は平坦な開けた土地に社殿を構える傾向が強く、結果として海風や津波の直進ルート上に位置するケースが多かったと分析されます。
つまり、神話的シンボルと地形的利便性を優先した結果、被災リスクも高まっていたのではないかというわけです。
この研究は、東日本大震災という悲劇的事象を契機に、日本各地に伝わる「災害回避伝承」を改めて見直す貴重な機会を提供してくれました。
古来、自然災害に直面してきた先人たちは、その経験を神話や祭礼、社地選定のルールとして後世に伝え、被災を減らす工夫を重ねてきたのです。

スサノオ命や牛頭天王といった神々が、まさにその「防災知恵」の象徴であるとする見方は、古代と現代の知恵をつなぐ興味深い視点と言えるでしょう。
この発見は、現代の都市計画や防災設計にも新たな示唆を与えています。
たとえば、地域ごとの歴史的社寺分布を踏まえたハザードマップの作成や、災害リスクが高いエリアでの再建・移転計画の検討など、古来の知見を都市工学的に応用する道が開かれます。
今後は、もっと広範な地域調査や地形解析、古文書・口承伝承の収集を進め、神話と地学を融合させた“防災文化論”の体系化が期待されます。
総じて、この研究は「神社の立地と祭神」という一見オカルト的とも取れるテーマを、きわめて真摯なフィールド調査と統計分析によって裏付けた点で大きな意義を持ちます。
東日本大震災の教訓を踏まえた上で、古代から現代に至る人々の“災害を回避しようとする営み”を再評価し、これからの防災文化を豊かにする礎となることが期待されますね。
