こんにちはにっこりご訪問ありがとうございます



今日は雨…

5月の終わりとは思えないくらい肌寒い…



22年前、肺がんで他界した父の命日です



59歳で肺がんが分かり

その8ヶ月後、60歳で息を引き取りました昇天



ヘビースモーカーで大酒飲みで…

肺がんだし、さすがに抗がん剤を始めてからは

タバコは吸いたくなくなったようで

自然と禁煙してましたが…



ビールは飲みたかったようで

まだ抗がん剤に望みをかけてた前半戦は

土日に外出して自宅でビールを飲んでポーン

病院に戻ったりしてました

飛んだ不良患者ですわ…滝汗


当時、私たち家族は

その事をかなりキツく咎めたのですが…物申す


後になって考えると

あの時もっと自由に飲ませてあげれば良かったな〜

そう思うのです


すこく後悔してることでもあります


まさか、そのわずか数ヶ月後に外出どころか

院内を歩くことすらできなくなり

食べたいものも食べられなくなり

あっという間に息を引き取る事になるなんて…



それを分かってたら

もっとやりたいようにさせてあげたのに…




そう思うようになったのは

自分が罹患してからの事



私は父と同じような状況ではなかったけど



自分が漠然と思い描いていた

歳の取り方や寿命を全うする事は

できないのかもしれないな〜


そんな風に考えたり…



仲間が旅立ったり…



自分が近い立場になったからこそ

常識なんかに縛られずに

自由にさせてあげてれば良かったな〜

そう思うのです悲しい



その後、父がビールを飲めたのなんて

ほんの数回しかなかったんだから…



その時は

また元気になって帰ってくると信じてたから

治療の妨げに…って思ったんだけど

頑張る活力になってたのかもしれない…





今なら分かる、、、知らんぷり






ただ…





そうは言っても…





病院抜け出してまでビール飲むって…真顔

聞いた事ありませんよ…




どんだけダメ人間なんだよっピリピリ





ってな話なのですが…




それも後々になれば武勇伝…?

いや、笑い話になって

あのワガママ放題

自分勝手なダメ人間の父らしいニヤニヤ





って、




そこのあーた!物申す

人の事を言える立場なのかい?



って、それは私のことかい???滝汗





好きな物がアルコールか糖分かの違いなだけで

やってる事ほぼ同じじゃんダッシュダッシュ




入院中、毎食後コンビニでおやつ買ってきて

おやつ食べるために白米の量減らしてもらって

消灯時間ギリギリまでモグモグ食べてさ滝汗




親子って似てしまうものなんですね…知らんぷり





そして父は私のお腹の中にいた赤ちゃんも

一緒に連れていってしまったおやすみ虹


父が息を引き取った翌日

出血と共に心拍を確認できなくなった…


その数日後、葬儀を待つ間に

私は赤ちゃんをトイレに流してしまった笑い泣き


その時の記事はコチラ


私が修正の旅に出ると決めたのは

ニューおっぱいも、ニューおっぱいの傷も

ドナー太腿の傷も

心から愛おしいと思えるものにしたかったから…



私が愛おしい傷にこだわる事になったのは

この父の死が発端になっていたのかもしれない



父が赤ちゃんを連れていってしまわなければ

あの手術室で産婦人科のおじいちゃん先生に

あんな言葉をかけられる事はなくて


私には子宮奇形がある事も知らずにいて

あんな悪夢の緊急帝王切開になる事なんて

なかったのかもしれない…




だけど、それらの全てがあったからこそ

お腹の傷をあんなに愛おしいラブラブ

思えるようになったのです



22年前の今日と明日の悲しみがあったからこそ

今の私がある


こんなに味わい深い乳がんライフを送れている



辛いことや悲しいことも

全てが今に繋がってるんだな〜流れ星




そんな明日はゆるふわアワーキラキラキラキラ





父はまさか自分が一緒に

連れて行っちゃった赤ちゃんのことで

私が愛おしい傷にこだわるようになって

こんな風にブログを書いたり

再建オタクになってるなんて

思いもしなかっただろうし

ホント空から見て驚いてるだろうな…



全てが繋がってると思うと

無駄な事なんて何一つないんだよね…


何一つ無駄にしないための生き方を

しなきゃいけないんだよね…




さ、明日は頑張るぞーーーー筋肉