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超立体3次元地球人間ゲームプレイ中のブログ

人生を楽しむ人の、徒然の記録。

理香ちゃんの真似して、私もシェアリングページにコメントした内容を記す。

このブログは備忘録のようなものだ。

以下↓土星のVJが届いての気付き。

届いてまず一番に響いたのは、ハウライトの声。

一番上にあって、一見、ジンカイトかと思った結晶。

その声は

「責任を果たすことの喜びを思い出させ、それを活用することを促します」

責任で最初にイメージしたのは、

「嫌な、重い、避けたい」

というような、ネガティブなもの。

仕事上の責任、家族への責任、発言への責任など…。

これらにネガティブな思い込みをくっつけていたから、

内面がザワザワして引っかかりを感じ…

しかし、ふと、気付いたのです。

ここで言う責任というのは

「自分自身の心の在り方に対する責任」

なのでは?

地球人として、今この時代に生きているということは…

在り方を問われる時代。

ただ漫然と、ぼーっと生きるのではなく

「自分はどう在りたいのか?」

を常に意識して、

より心地良く生きていくことこそ、私に果たせる責任じゃないか?

それは、楽しく生きること。

もっとたくさん喜びを感じて、みんなと分かち合うこと。

これは、ちっとも重たくなんかない。

むしろ、喜んで果たしたくなる責任。


じゃあ、仕事上の責任はどうなるのか?

自営か雇われているか、好きか嫌いかに関わらず、

それが主体的に取り組んだものなら、

果たした時には充実感や達成感を得られる。

経験上、そう思います。

嫌で嫌で仕方ない仕事をしていた時でさえ、

目標を達成した時には喜びがあったから。

人にやらされているというスタンスなら、辛いものになる。

例え雇われている時でも、その方法で稼ぐことを選んだのは、自分。

やらないと殺されるような、特殊な状況でない限り、

誰が自分に雇われ人になれと強制できるだろうか?

自分で選んだんじゃないか。

雇われ人の方がラクな面や、有利な点があるから。

自営業となると、すべての責任を自分が負うことになる。

それが恐かったんだろうな。

恐れがなくなってから行動しようと思っていたら、人生が終わってしまう。

「恐れや不安は小脇に抱えてやる!」

って、もう16年前に八ヶ岳で受けた当時最新の心理学系セミナーで、身振り付きで言わされたっけ(笑)

お?!ちょうどヒロ年前!


さて、家族への責任は?

両親の面倒を一人で見なければならない、と考えたら、重くて嫌気が(;^_^A。

一人で背負う必要ないよね?

頼れるものは頼って、できる範囲で自分の納得いく行動をすれば、

変なプレッシャーを感じなくてもいいよね。

いやいや、試しにいったん
「両親の面倒は見なくてもいい」
と思ってみたら?

「親の面倒は子供が見なければならない」

というのも、道徳上当たり前とされている思い込みのひとつかも?

もっと進めてみて、
冷たいようだけれど、心の中でいったん親子の縁を切ってみたら…?

うーん、ラクなんだけど、なんだか寂しいな。

発達障害のアル中のDV野郎のまだらボケの父と、

後悔ばかりして、私に愚痴ばかり吐いて悲劇のヒロインやってる共依存の重たい母。

一見どうしようもない困った夫婦だが…

結局、このDNAを陰陽統合して、

苦しみを喜びに変容させることを面白がって一緒にいるんだな、私。

どんだけドMやねん!(笑)

あ、生まれる時に親を選んだか選んでないか、

それも長いこと疑問だったんだけど、

選んだと思うことにしました。

そもそも確かめることはできないのだから、

自分が心地よい方を選べばいいじゃん、と。

選んだのでなかったら、こんなに苦しみの多い人たちの子どもに生まれたことが納得できない(笑)

母の吐け口をン十年やるのも大変なのです。

そう、大変、大きく変わると書くように、今まさに大きく変容中。

自分を再構築中。

面白いゼ!!

ワクワクするゼ!!