☆町歩き‥続☆昨日の町歩きの続きです平安時代初期(800年頃)に東国の攻略に功績のあった征夷大将軍・坂上田村麻呂の子で当地を領有し永住した広野麻呂のお墓です(環状の植え込み内)今は坂上公園として開放されています平野の地名は広野がなまったとの学説です次は平野の黄金水と言われる井戸ですこの地域は土地が低湿で飲料に適さない井戸が多い中、この井戸だけ良質の水が湧出し各戸に運ばれ飲用され、近年まで酒造用に利用するなど、平野郷の命の水とされたそうです
☆刀装具☆御刀の柄(つか)の両端に装着する金具で縁・頭(ふち・かしら)もうひとつは柄糸(つかいと)の中に巻き込んでグリップを具合よく調整する目貫(めぬき)と言う金具ですどちらも同じ金工の作品で江戸時代中期頃の製作で素材は赤銅(しゃくどう 又は烏銅とも)もちろんタガネで龍の姿を丹念に彫金した物で鋳型に流し込んで作った物ではありません ちなみに『目貫通り』と言う言葉もここから生じたものですねん