幼稚園の頃はヒーローになりたかった。
特に赤、レッド。
戦隊のど真ん中で目立ちながら世の平和を守るヒーローに憧れた。
だってカッコいいじゃん。
小学生に上がってからは誰もが見るように
色んな夢を持った。
花屋さん、警察官、漫画家、スポーツ選手
想像を膨らませてはクスクスと一人で笑い
傍から見れば変な子だったかも知れない。
いや、どっからどう見ても変な子でしかないでしょう。
東京都練馬区に生まれ、
土地を離れる事もなく
スクスクと育って来た。
将来は日本で小学、中学、高校と卒業し
大学を出て
ステキな人と出会い
結婚、出産
東京都のどこかで幸せな家庭を築き上げると思っていたのが
今じゃ海外にいるんだから
びっくりだ。
小学生の頃、
誰が海外へ移住するなど思ったろう。
今の生活がガラリと変わって
周りに日本語が飛び交う事の無い生活になるなど
夢にも思っていなかった。
外人など宇宙人だ。
英語?全世界共通で日本語じゃないのか?
神様。なんでこんなに何百もの言葉を作ってしまったんですか・・・。
空港を降りて
ホリの深い顔ばかりがウロウロしているのを見ても
まだ実感が無かった。
旅行気分の自分がいたからかも知れない。
冒険気分で海外への移住を楽しもうと考えていたからかも知れない。
沢山の試練が待ち受けているとも知らずに
私は笑顔でこの地に降り立った。
これからこの地、この国が私のHOMEとなる実感も湧かないまま。
1997年2月
日本は真冬だった。
オーストラリア、メルボルンは本日真夏で猛暑の42度。
一度だけ前回下見としてオーストラリアへ来た時に
季節が逆だという事実に驚いた。
時差がある事にも驚いた。
『私は未来を歩いている!
ある意味未来マン!!
すごい!すごくない?自慢できるじゃん!!
漫画の世界だ!!
そう、今この国が晴れと言う事は
日本での二時間後は晴れであるに違いない!
後で友達に連絡してあげよう。』
全世界共通で同じ天気になるはずが無いのに
そんな事にも気づかない当時の私は
バカを通り越して幸せな性格をしていたのかも知れない。
しかもその事を後に堂々と日本の友達に話し、笑われたのだから救えない。
日本から出たことが無い私には
当時すべてが新鮮で
面白かった。
まあ、これから色々と乗り越えていかなければならないものもあるんだけど
何よりも貴重な体験を沢山経験できているので
海外へこれた事に今ではとても感謝してる。
一人でオーストラリアへ子供三人抱えて引っ越そうという
決意をしてくれた母には
毎日ありがとうと伝えたい、って思うよ
特に赤、レッド。
戦隊のど真ん中で目立ちながら世の平和を守るヒーローに憧れた。
だってカッコいいじゃん。
小学生に上がってからは誰もが見るように
色んな夢を持った。
花屋さん、警察官、漫画家、スポーツ選手
想像を膨らませてはクスクスと一人で笑い
傍から見れば変な子だったかも知れない。
いや、どっからどう見ても変な子でしかないでしょう。
東京都練馬区に生まれ、
土地を離れる事もなく
スクスクと育って来た。
将来は日本で小学、中学、高校と卒業し
大学を出て
ステキな人と出会い
結婚、出産
東京都のどこかで幸せな家庭を築き上げると思っていたのが
今じゃ海外にいるんだから
びっくりだ。
小学生の頃、
誰が海外へ移住するなど思ったろう。
今の生活がガラリと変わって
周りに日本語が飛び交う事の無い生活になるなど
夢にも思っていなかった。
外人など宇宙人だ。
英語?全世界共通で日本語じゃないのか?
神様。なんでこんなに何百もの言葉を作ってしまったんですか・・・。
空港を降りて
ホリの深い顔ばかりがウロウロしているのを見ても
まだ実感が無かった。
旅行気分の自分がいたからかも知れない。
冒険気分で海外への移住を楽しもうと考えていたからかも知れない。
沢山の試練が待ち受けているとも知らずに
私は笑顔でこの地に降り立った。
これからこの地、この国が私のHOMEとなる実感も湧かないまま。
1997年2月
日本は真冬だった。
オーストラリア、メルボルンは本日真夏で猛暑の42度。
一度だけ前回下見としてオーストラリアへ来た時に
季節が逆だという事実に驚いた。
時差がある事にも驚いた。
『私は未来を歩いている!
ある意味未来マン!!
すごい!すごくない?自慢できるじゃん!!
漫画の世界だ!!
そう、今この国が晴れと言う事は
日本での二時間後は晴れであるに違いない!
後で友達に連絡してあげよう。』
全世界共通で同じ天気になるはずが無いのに
そんな事にも気づかない当時の私は
バカを通り越して幸せな性格をしていたのかも知れない。
しかもその事を後に堂々と日本の友達に話し、笑われたのだから救えない。
日本から出たことが無い私には
当時すべてが新鮮で
面白かった。
まあ、これから色々と乗り越えていかなければならないものもあるんだけど
何よりも貴重な体験を沢山経験できているので
海外へこれた事に今ではとても感謝してる。
一人でオーストラリアへ子供三人抱えて引っ越そうという
決意をしてくれた母には
毎日ありがとうと伝えたい、って思うよ