はやおー
宮崎駿さんの仕事場には『馬鹿っ』って書かれた書が額入りで飾ってある、らしす。
20年の盟友・加藤登紀子さんが贈ったそれを見て『毎日加藤さんに怒られてる気分になる』のだそう。
『紅の豚』でヒロイン役ジーナの声を担当した加藤さん。
映画の中で、戦闘でボロボロになった飛行機乗りの主人公豚ポルコが、心配するジーナに電話をしてくる。
ジーナが『もう危ないことはやめて』と懇願すると、
『飛ばねえ豚はただの豚だ』とポルコが言う。
それにジーナが怒って『バカッ!』って叫ぶ。
この『バカッ!』って言うセリフ、加藤さんは宮崎監督に36回もやり直しさせられた、そう。男は放っておくとロクなことをしない。そのどうしようもなさに対して何十年、何百年積もり積もった怒りを束にしてブチまかしてやって下さい。それを見守る女性は強く正しく賢い。
宮崎さんの根っこにはそんな人間観があるんだそう。
高度経済成長、バブル期を通して、日本は物質文明に依存する生活に変わっていった。宮崎さんには、そうした時代に『立ち合った』という後ろめたさがあり、自分たちがいいと思っていたものを自分たちの手で壊してしまった、そういう世代としての問いが止まない、らしす。
宮崎さんの一族は戦争中に『宮崎飛行機』という軍需工事をやっていて大きな力を持っていた。宮崎さん自身、大人になっても飛行機が好きで、好きなんだけど、その飛行機が戦争の道具だったってことに、許しがたい二律背反がある。
自分にとってなくてはならないものが、人間という存在のとても罪深い部分の象徴である。そんな分裂に対する問いが止まらない。
『記憶にまつわりついてくる後ろめたさがあって、その後ろめたさを失くしちゃうと、何か自分のいちばん大事な部分もなくしちゃうんじゃないかという気がする。後ろめたさが、自分にとっては最後の支えなんじゃないか』
一瞬の絵のなかに込められる小さなディテールが大事で、手で触れられる、目で見える、人間の営みのなかに残された歴史に一貫してこだわっている。
若い監督が作った作品は、宮崎さんと比較したら 書き込まれたディテールが少ない。物語がわかりやすくて寄り道がない。古い小屋の戸を開けたらお化けが出てきそうだったり、クモの巣が張った縁の下に潜ると骨が出てきたりしそうな、魑魅魍魎の世界。人間の訳のわからない歴史が、身の回りにちゃんと刻まれている。
今の時代、生まれたときから家も学校もお掃除が行き届いていて、映画のセットみたいなところで生きている。余計なものは生活の傍らに置かないっていう考え方。魑魅魍魎のいない世界。必要最低限、これだけあったら生きていけます、って動物園みたいじゃないか。
バイキンや虫がいて『かゆい』とか『うるさい』とか言っていた時代と、
『殺虫剤で殺してしまえ』という時代では、ものの考え方や作り出されるものが違ってくる、らしす。
宮崎さんの映画には魑魅魍魎みたいな無駄な部分、筋運びには不要だけどばかに印象の強いディテールがさりげなく徹底的に描き込まれる。らしす
メッセージで作品をつくるのではなく、ディテールに込め人を楽しませる。
20年の盟友・加藤登紀子さんが贈ったそれを見て『毎日加藤さんに怒られてる気分になる』のだそう。
『紅の豚』でヒロイン役ジーナの声を担当した加藤さん。
映画の中で、戦闘でボロボロになった飛行機乗りの主人公豚ポルコが、心配するジーナに電話をしてくる。
ジーナが『もう危ないことはやめて』と懇願すると、
『飛ばねえ豚はただの豚だ』とポルコが言う。
それにジーナが怒って『バカッ!』って叫ぶ。
この『バカッ!』って言うセリフ、加藤さんは宮崎監督に36回もやり直しさせられた、そう。男は放っておくとロクなことをしない。そのどうしようもなさに対して何十年、何百年積もり積もった怒りを束にしてブチまかしてやって下さい。それを見守る女性は強く正しく賢い。
宮崎さんの根っこにはそんな人間観があるんだそう。
高度経済成長、バブル期を通して、日本は物質文明に依存する生活に変わっていった。宮崎さんには、そうした時代に『立ち合った』という後ろめたさがあり、自分たちがいいと思っていたものを自分たちの手で壊してしまった、そういう世代としての問いが止まない、らしす。
宮崎さんの一族は戦争中に『宮崎飛行機』という軍需工事をやっていて大きな力を持っていた。宮崎さん自身、大人になっても飛行機が好きで、好きなんだけど、その飛行機が戦争の道具だったってことに、許しがたい二律背反がある。
自分にとってなくてはならないものが、人間という存在のとても罪深い部分の象徴である。そんな分裂に対する問いが止まらない。
『記憶にまつわりついてくる後ろめたさがあって、その後ろめたさを失くしちゃうと、何か自分のいちばん大事な部分もなくしちゃうんじゃないかという気がする。後ろめたさが、自分にとっては最後の支えなんじゃないか』
一瞬の絵のなかに込められる小さなディテールが大事で、手で触れられる、目で見える、人間の営みのなかに残された歴史に一貫してこだわっている。
若い監督が作った作品は、宮崎さんと比較したら 書き込まれたディテールが少ない。物語がわかりやすくて寄り道がない。古い小屋の戸を開けたらお化けが出てきそうだったり、クモの巣が張った縁の下に潜ると骨が出てきたりしそうな、魑魅魍魎の世界。人間の訳のわからない歴史が、身の回りにちゃんと刻まれている。
今の時代、生まれたときから家も学校もお掃除が行き届いていて、映画のセットみたいなところで生きている。余計なものは生活の傍らに置かないっていう考え方。魑魅魍魎のいない世界。必要最低限、これだけあったら生きていけます、って動物園みたいじゃないか。
バイキンや虫がいて『かゆい』とか『うるさい』とか言っていた時代と、
『殺虫剤で殺してしまえ』という時代では、ものの考え方や作り出されるものが違ってくる、らしす。
宮崎さんの映画には魑魅魍魎みたいな無駄な部分、筋運びには不要だけどばかに印象の強いディテールがさりげなく徹底的に描き込まれる。らしす
メッセージで作品をつくるのではなく、ディテールに込め人を楽しませる。